暑い暑い暑い。太陽が恨めしいほどに地を照らす。 まるで太陽のようだ。といわれている家康は、ワシはこんなに暑苦しくはない…と額から汗を流しながら通学路をフラフラしながら歩く。 アスファルトは熱を吸い、頭上からも足からも熱が伝わり本当に暑さでどうにかなるのではないかと思うほどである。 どうにかして涼しくなる方法はないかと模索してみるもまったく心当たりはなく、そもそも考えに浸る余裕すらない。 ―…男子校であるあの学校に行けば…華はないが涼しさがある。何とか気を持ち直して暑いアスファルトに長い間足をつけないよう早足で歩いていく。 教室に入れば冷房を惜しみなく使っているはずだ。そこに行けばまさに天国だろう。 学校まであと少し。 家康の歩調は早くなる。この暑さからの苦しみからあの冷ややかな風で救ってほしい。 ふと気が付けば同じ通学路にセーラー服の女子生徒が暑そうに歩いている。 そういえばこの近くに女子高なんてあったな。と家康は女子生徒を眺める。 部活にばかり熱心になっていたので女子生徒への興味があまりなかったのだ。そのうえ男子校ならなおさらだ。 それを元親に言えば、お前本当に男子高生か?と呆れたように言われてしまった。 そりゃあ確かに家康だってすれ違う女の子のあらゆるを見て感心したりちょっと落胆することもある。 ただタイプというか、直感的にこの人だ!という人が家康にはまだいないのだ。ただそれだけのことである。 そんなことを思いながら日に頭部を焼かれつつ歩いていると先ほどと同じようにセーラー服の少女が目の前を横切っていった。 何となく目で追ってみると、それは月のような銀の髪色。月光に照らされたような白い肌。真っ直ぐに伸びた背筋に整った顔立ち。背は家康より少し低いだろうか。一目見ただけで綺麗な人だと思った。 衝撃が走った気がする。びびっと何かが来た。この人だ。この人が家康が探していた直感的にきた人だ。 「…月だ…」 思わず声に出し、彼女のことを言う。まるで月のようだ。こんなに日が照りつける中平然としているのは万年陽に照らされている月だけだろう。それに彼女の銀髪も白い肌も纏う雰囲気ですら月を感じた。 さすがに声をかけれることもなく、彼女は家康に目もくれず歩いていってしまった。 「…月色さん…だな…」 名前も知らない彼女をそう呼ぶことにした。ああ月色さん。貴女がワシのびびっときた人です。 その場に立ち尽くす家康には、もう暑さなんか感じていなかった。 *** 「つきいろサン…、だぁ?」 元親の素っ頓狂な声が上がる。無理もないだろう。教室についた家康の第一声は「ワシは月色さんに恋をした!!」だったのだ。当然その声にはクラス全員が振り返った。 家康が恋をした、ということですら大変なのだが、その相手がよく分からない月色サンとなれば、クラスの話題はそれで持ちきりだ。一体誰のことだ。と男たちは好奇心で分かりもしない人間を考え始める。 教室の冷房を有難く感じながら家康はタオルで汗を拭いつつ元親に事の経由を話し始める。それを一通り聞いた元親はただ単に、へぇと反応するだけだった。 「な、何だその反応は!もっと反応してくれてもいいだろ!」 「家康のタイプはそういうヤツなんだなぁと感心しただけだ。ちぃと後でアイツに連絡してみっから運がよかったら返信来るかもな」 彼の幼馴染基恋人がその近くの女子高に通っているという。まぁその彼女はなんとも素直ではない性格であり、よく付き合ってられるもんだ。と家康はよく思う。それほど元親は恋人が好きなんだな、ということで終わっているけど。 携帯を取り出して元親はメールではなく電話からいくようである。運がよければ出て悪ければワン切りだ。 「…お、出た出た」 嬉しそうに元親が家康に目線を送り、それをはみかみ返す。その笑みは、任せたぞ元親!という意味を込めてだ。 きっとあんなに美人ならば女子高の中でもひときわ目立つに違いない。それなら知らない人間なんかいないに決まっている。 ああ月色さん!考えるだけで気分が高まる。興味がそそられて仕方がない。 元親は相手を説得しているのか、「わっ、だっ、切るなって!」「何も会わせろって言ってねぇだろ。名前でも…」「いや会わせたいのは山々だけどよ…」と苦戦しているようだ。 横で、すまんなぁ元親。と家康は眉を下げながら呟く。電話に対応するので精一杯の元親は家康に親指を立てて見せるだけだった。 *** HRが始まるからという理由で電話は切られてしまったらしく、はぁ…と元親は息を吐いた。電話1本だけでここまで疲れるのなら、会って一緒にいたらどれだけ疲れるのだろう、と家康は思う。 「まぁ、メールでいろいろ教えてくれるとさ。ちぃと待ってな。アイツ打つの遅ぇんだよ」 「ホントか!いやぁ絆の力はすごいな!」 はは、出たよお得意の絆。軽く笑って元親は流した。 電話が切られてすぐ、こちらもHRが始まったが家康は今日の予定なんか頭に入るわけもなく、一番後ろの中央列の席で遠くから外を眺める。空には空の色と混じって青白い残月が見えた。頭はあの少女のことしかない。 家康の隣の元親は小さく、こりゃあ重症だ…と呟いたのを家康は聞こえていない。 空を見て月を思い浮かべ、少女を浮かべる。丸いものを見て月を思い浮かべ、少女を浮かべる。銀のものを見て少女を浮かべる。 前半なんてどんな狼男だ。と思わざるを得ないほど月を浮かべては少女を思い出すのだ。 一体どんな子なんだろうか。どんな声なんだろうか。ああきっと真面目で授業はちゃんとノートをとって、悪いことは嫌いで、真っ直ぐで、家に帰ったらノートを広げて予習復習を欠かさないで終わったら静かに自分の時間を過ごすんだろうな…と妄想を膨らます。 ワシには特に苦手な教科はないけど教えてほしいなぁ…と、あの少女が自分の前で教えてくれるのを想像しただけで、にまぁっと頬が緩んでニヤニヤしてしまう。しかしそんなもの家康は気が付いていない。 もちろん今は授業中だが、授業内容は当たり前のように耳には入ってこなく、もちろん黒板の前で授業を明らかに聞いていない家康に対して殺気を放つ片倉小十郎にも気が付いていない。 それに対し冷や汗をかきながら必死に家康を小声で呼ぶ元親の声にも気が付いていない。 完全に家康は自分の世界に入り込んでいる。外部の全てを遮断している。 ついに堪忍袋の緒が切れた小十郎が持っていたチョークを家康を標準に投げつけた。 一番かわいそうなのは投げられた張本人でもなく、授業を聞いてもらえない小十郎でもなく、家康の列の生徒だろう。弾丸の如くチョークが頭上を掠め家康の額に命中する。 家康の席の列の生徒は情けない声を上げ椅子から転げ落ちる者すらいた。 額に命中したチョークは粉砕し、家康はようやく現実世界に戻ってくる。 「だ、大丈夫か家康!」 「…何がだ?…なんでこんなに静かなんだ?…?片倉殿、授業は進めないのか?」 そうだ、こいつは並外れた石頭だった。元親は思い出し、小十郎は頭を抱えてため息を吐いた。 しばらく経つと家康は自分の机の上に粉と化したチョークにも気が付かず、再び自分の世界へと入り込んでいくのだった。 *** メールの返信着たぜ。と授業が終わり休憩時間に元親からメールの内容を見せ付けられた。 なんと、無駄なことが書いてない報告書のようなメールなんだろう。と見せ付けられた瞬間思ったがメールの書き方なんてどうでもいい。奪い取るようにして家康はそれを見る。 「…いしだ…みつなり…」 名前:石田三成。性格は言葉遣いさえよければいい駒。 簡単にこう書いてある。…家康にはさっぱり分からない。ただ分かるのは少々言葉遣いが悪い、それだけだ。 あの美少女は言葉遣いが悪いのか。家康は黙って考え込む。きっと兄弟が居て兄弟の言葉遣いがうつってしまったに違いない。そう思うことにした。それほど家康の彼女への妄想は膨れ上がっている。 「まぁ…なんていうんだ。言葉遣いは悪ぃけど、悪いやつじゃないみたいだぜ。こいつもそういってるしな」 はて、悪いやつではないとはどこに書いてあっただろうか。家康は首をかしげて元親の説明を聞いていた。 *** 朝よりかは暑さもましになった午後。部活に出たもののどういう訳だか家康は開始5分で帰されてしまった。もちろん家康は何故帰されたのか分かっていないので文句たらたらで家路についている。 しかし3歩も歩いてしまえばその文句も消え去り、あるのは今日家康が一方的に運命の出逢いを果たした少女のことで頭が埋まってしまう。また帰りの途中で見かけれないものか…と家康は辺りを見回す。 確かにセーラー服の生徒はだいぶ歩いているが、彼女の姿は見当たらない。 部活動に励んでいるのか。さすが月色さんだ。心の中で彼女を称えた。歩調が遅くなったのも気が付かないまま家康は彼女が何の部活に入っているのかを考え始める。 もし今家康の頭の中を誰かが見たら完全に見た者は顔を引きつらせるだろう。それほど彼女で頭がいっぱいだ。もちろん自覚はない。家康はただただ頭がいっぱいになっているとは思わないで考え事をしていると思っているだけだ。そのことを彼女で頭がいっぱいだと言うのだが家康はそれには気が付かない。 いろんな部活動に励む三成と呼ばれる少女を想像しては、にまぁっと頬が緩み胸が躍る。 「月色さん…三成さんか…」 現在家康は自分の世界に入り込んでいるため車のクラクションを鳴らされようとも、誰かに呼び止められていようとも気がつきはしなかっただろう。 ただ1人を除いては。 「…誰だ貴様。何故私の名を知っている?」 透き通った声、少し低音のようだがそれはきっと知らない人間に名を呼ばれれば人は警戒で声を低くするだろう。 そんな声で家康の世界はコンマ1秒で崩れ去り、現実へ引き戻される。そして今ある状況に理解することが遅れた。 今自分の前には少し距離を置き、運命の人が気味の悪そうな顔でこちらを警戒しているのだ。家康は目をぱちぱちと瞬かせ、朝見かけた少女を見つめる。 やはり月のように美しい髪と、月明かりのような肌。瞳はどうやら澄んだ翠らしい。家康の脳にインプットされる。唇は薄いピンクで化粧は施していないのだと分かる。長い脚に、見とれるほどのボディライン。 わずかに確認できる胸もしっかりと見た。 あ、スカートちょっと短い。それにしても前髪長いな。あとワシ月色さんの声すっごい好きだ。というか月色さんいつ来たんだろう。さっき居なかったのに。 そして家康はこれらを見た後、これは、幻か。と妙に納得しようする。 「聞いているのか」 「え…あ、すっ、…すみませんでしたっ!!」 現実だったらしい。気が付いた瞬間に家康は驚きの速さで彼女から走り去っていた。 残された少女はぽつんと立ち尽くし、眉を顰めてから名も知らない男の顔を思い出しながら彼女もまた家路に付くことにした。 家康が走り去った方向の道に1人の黄色いパーカーを羽織った少年が頭を抱えて後悔に悶絶している姿が見られたのは言うまでもない。 月色少女 |