様々な歴史を築きながら日ノ本と呼ばれていたこの国はいつしか日本と呼ばれ、戦はなくなり人々は当たり前に平和な日々を送っている。どんな冷たい雨が降ろうとも裏切りはないし、血が飛び散ることはない。
大事な人を戦いで失ったりすることもない。別れもない。そんな当たり前な平和が流れる。





今日は夕立があるとニュースのお天気キャスターが言っていたのが当たった。
昼を過ぎて少し経った頃授業中にいきなり大粒の雨が降ってきた。雲は分厚く、灰色でしばらくの間は雨の止む気配はない。朝のニュースを見ていないものが多いのか、クラスの生徒の大半が突然の大雨に戸惑っている。
HRは素早く終わり、三成は帰りの支度を整えカバンの中から折りたたみの傘を取り出す。胸の内で傘を忘れた哀れなクラスメートに暴言を吐き捨てて教室を出ると、後ろから待ってくれ!という声。
振り返り、傘立てから彼相応の大きさの傘を持ち出し見事に制服をアレンジしているクラスメートが追ってくるのを待つ。


「三成、傘はあるのか?」

「折り畳みだ。」


そうか、と傘の心配をしてきた腐れ縁の家康の横を歩く。三成は生まれてからずっと長い間この男の隣にいる。家康には警戒することもなくなったしすぐには怒鳴ったりはしない。さすがに頭に来る事をされたならば1発見舞いしてやっているが。
家が近いだけで2人の両親や保護者は特別仲がいいというわけではないし、幼稚園や保育園が同じだったわけでもない。ただ2人が物心付く前に顔をあわせ、それからずっと一緒にいるのだ。
まだ両親に抱えてもらっていないと何も出来なかった頃にたった1度目をあわせたのだ。その時の2人は言葉もろくに話せておらず、ただ単語を舌足らずに話す程度であった。そしてお互い名前すら知らないはずなのに舌足らずに、家康は三成を、三成は家康の名を呼んだ。お互いに小さな手を伸ばして。
その記憶は家康と三成にはないが、両親たちに不思議な話として何度も言い聞かされたため知っている。
このことについては双方、不思議なことがあるものだ。という結論だけで終わっている。


「ワシ雨は嫌いなんだよなぁ」

「雨が好きなヤツなど居るものか」


下駄箱で上履きから靴に履き替えながら2人は鬱々とした気分で外を眺める。
履き替え、床に靴を2、3回蹴り履き心地を確認しながら屋根のあるところまでのろのろと歩き、音を立てて降りしきる雨にため息を吐いた。
折りたたみ傘を広げ、やはり嫌そうに三成が雨を睨みつけた。
そんな三成を見て家康は笑う。


「雨は睨んでもどこかには行かないぞ。さ、帰ろう」



***


雨の音を聞きながら2人は無言になる。その表情は2人とも何か難しいことを考える顔だ。はじめに家康が物に耽り始めた。それに気が付いた三成も眉間を顰めて1つ舌打ちをした。
2人にとっては妙に癪に障る雨で、頭の奥底をくすぐられる様な気持ちの悪い感覚が2人を苛む。
不意に横風に吹かれた雨が三成の顔に当たり、彼の肩が跳ねる。すぐに顔を拭えばただの雨。


「…血水かと思った」

「三成?」


血なんて付いていないぞ。そういう家康の顔を見、三成は目を見開く。
先ほどの雨よりよほど驚いただろう。


「…ど、どうした、家康」

「え…?あ…あれ、ワシ何で泣いてるんだ…?」


ぽたりぽたり、と大粒の雨と同じように大粒の涙が家康の瞳から零れ落ちる。訳が分からず家康は笑いを浮かべているが様子がおかしく、三成はさらに困惑した。家康の涙を見るのは幼い時以来であり、どう対処すればいいのか分からない。小さなときは原因を叩きのめしてやったら、ありがとう!と笑顔を浮かべていたのだが、今ここに原因となっているのは見当たらない。彼の隣にいるのは三成ただ1人なのだから。


「ど、どこか痛むのか」


滅多にしない心配を家康に向け、折りたたみ傘ごと家康の大きな傘の中に入り込み顔を覗き込む。家康は片手で涙を拭い続けているが、それでもぼろぼろと涙は拭いきれず家康の黄色い上着に涙のしみを作る。
幼い頃のように頭を撫でてやれば少しは落ち着くだろうか、と思い三成は自分よりほんの少し背の高い男の頭を撫でようとする。
手を伸ばそうとした瞬間に家康の目が大きく見開かれ、呼吸が止まった。

何があったのか、分からない。
強い雨が家康と三成を容赦なく濡らす。傘は道へと落ち雨に打たれゆらゆらと揺れている。三成の呼吸は止まったままで、いや、止められたままじんわりと伝わってくる熱を感じた。
三成にしてはただ手を頭へ伸ばそうとしただけだった。しかしそれの手を払いのけ、驚きで三成の手から傘が落ちそれを見た家康が自ら傘を放り投げるようにそれを落とした。それから三成は家康の体温を感じている。
抱きしめられていると分かったのは、髪全体が雨に打たれ濡れた頃だった。
男は身体を震わせ三成を抱き寄せ泣いている。混乱で抵抗したが抵抗するたびに強い力で抱きしめられ三成は大人しく呆然と男の方を見る。


「すまない…っ、すまない…三成…っ」

「何がだ…!先からどうしたというのだ!」


不安が心配へ変わり怒りに変わる。この怒りは何だか心地のいい怒りだ。と三成は不意に思う。
抱き寄せる力が強くなったと思えば、和らいで、和らいだと思えば強く抱きしめられる。


「分からない、分からない…。しかしワシはどうしてもお前に謝らないとならない…!」

「謝られることなどされていない!煩わしい!今すぐ謝罪を止めろ!そして私を解放しろ!」


無言で離れていく家康をみて息をついた。もう一度涙を拭った家康が、弱々しく、びしょびしょだ。と笑った。
その日から家康の弱々しい笑みは、三成の嫌いなものになった。



***


その昔、全てが終わった日のこと。
血の臭いが鼻につく戦場。無残な死体。折れた刀や槍。その場で座り込み放心しているもの。
自軍の負けを知り自刃する者。負けたと信じず戦う者。山奥へ逃げる者。
砂埃が戦の始まりより舞わないのは、きっと流れた血液のせいだろう。家康は西軍本陣から関ヶ原を見渡していた。
随分と首を折って足軽兵を、武将を殺してきた。逃げる者は見逃したが襲い掛かってきた者は容赦なく魂を拳で握り消した。辛い戦いだったと思い返す。
戦の状況ではなく、家康自身、辛い戦だった。

足元には眠る男の姿。その眠りは永遠だ。自分が殴り殺した。その証拠にこの男の甲冑はひびが入っていたり、肌が鬱血していたり、口からは血がにじんでいる。骨も砕けているところもあるだろう。


「…三成…」


かつての友であり、大事な人。豊臣に下り同じく戦場を駆けてきた、大事な人。
好きだった。彼のことが。愛し合ったほど、大事だった。それでも消してしまった。
死ぬ間際三成は天に手を伸ばした。家康にではない。最期を看取ったがその手は家康には向けられていなかった。
それでも家康は自分に向けたと思うことにした。ずるいことだと思いながら三成は自分を求めたのだと思うことにした。


「やっぱり…お前は哀しくて…美しいな…」


先ほど散々泣いたというのにまた涙がじわりとにじんできた。自分はこんなにも泣き虫のようだ。昔から変わっていないではないか。自分を叱咤する。
しかし、愛した人をこの手で殺してしまった。それはとてつもなく胸を痛みつけ苦しめる。
黄色の上着についている帽子をまた静かに頭にかぶる。
埋葬してやろう。どこかの山奥に誰にも見つからない家康だけが知る三成の墓を作ろう。
晒し首になんて到底出来ない。情けないといわれてもいい、愛した人の首だけの姿は絶対に見たくなかった。また後で明け方にでも埋めに行こう。
三成の顔を涙をため家康は屈んで見つめる。


「さよなら、三成」


家康は弱々しく笑いながらそう別れを告げた。






悲しげな顔に



触れられなかった

(手を払われた)
(もう光が見えなかった)


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家康が三成の手を払ったのは、前の三成とかぶって反射的にです。
死ぬ間際だったので、そんなこともう1度しないでくれ。の意味でした。伝わりません。
戦国の方の三成が手を伸ばしたのは、家康に向けてです。憎悪じゃなく愛です。伝わりません。
死ぬ間際の三成はもう殴られすぎて視界が真っ暗です。でも家康が近くに居るのが分かってました。伝わりません。

精進します…


長々とありがとうございました!

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