その日は朝から1日中嫌な雨が降っていた。 なので当然傘は差してきたし、帰りも傘を差して帰らなくては雨に濡れてしまう。 三成は朝、雨を鬱陶しそうにしながらビニール傘を差して登校した。そして帰りも雨を鬱陶しそうにしながら下校しようと、朝傘立てに確かに入れた傘を取り出そうとした。 しかしその傘はなかった。これは一般的に言う盗難である。 ビニール傘は一般的な傘よりかは盗られやすいと、雨より鬱陶しい家康がいっていた気がする。 まだ教室には多くのクラスメートが居、目を凝らして自分の傘を探した。目印は半兵衛に書かれた大一大万大吉の石田の家紋。 鋭い目は普段よりぎらついており、三成の近くに居た生徒が触らぬ仏に祟りなしといったような顔で後ずさる。 そしてまさかと思いながらも三成の視線は笑顔が好印象な青年へと向けられる。 友人と笑いながら話すその手には黒いマジックペンでかかれた大一大万大吉のビニール傘。 「家康ゥッ!!」 「うわっ!!何だ三成!?」 「その傘は私の物だっ!今すぐ返せ!」 え?と家康は傘をまじまじと見つめ、大一大万大吉の見慣れた家紋を見つける。 見つけた瞬間の家康はぱっと顔を輝かせ、雨をも吹き飛ばす爽やかな笑顔を浮かべた。 「ああ!この傘はお前のだったか!すまん!」 差し出された傘を奪い取り、息をつく。こんな馬鹿捨て置いて帰ろう。 足早に教室を出るとき、家康の「三成ー!また明日!」という煩わしい声を聞いたが三成は振り向きもせずに教室を後にした。 *** 多きな雨粒が落ちては地面に弾ける大雨。雨は朝より酷くなっていた。 ため息をつき傘を差す。少しは濡れてしまうが仕方ない。 水溜まりを避けつつ自宅へと向かう。三成に挨拶する人間は誰一人居なく、するとしたら先ほどの家康ぐらいだろう。 たまに長曾我部や真田が挨拶してきたりする。その時は小さく、ああ…と返している。 雨の日は好きじゃない。学校までが面倒で仕方ないし、濡れると気持ちが悪い、しかも冷えて寒い。夏なら湿気が多く暑苦しい、いいことなんてまるでない。 不意に水溜まりを踏んで舌打ちをし、思考を中断する。 下校する生徒が大勢居た道から外れ三成は一人で歩く。今まで誰かと登下校を共にしたことはない。しようとも思わない。 濡れたズボンを気にしながら歩くとスピードが落ちる。しかし濡れたズボンが足につくのは気分が悪い。 雨にまたもや苛立ちながら歩を進める。 「三成!」 そこでまたもや苛立ちの原因が三成の気も知らずやって来る。 嫌いな雨に面倒な男。なんて不運。 三度目の舌打ちをし、三成の歩調が速くなる。 「待ってくれ!」 「断る!」 立ちふさがった目の前の男を見て三成は本日で一番驚く。 三成の前に立ちふさがった家康はどう言うことだかびしょ濡れであった。 「ははは…ビニール傘は盗られやすくてな」 「…何故私を止める」 「三成の家まででもいいから入れてくれないか?」 傘をまわし、水滴を家康に食らわせる。彼は冷たいではないか!と声をあげていた。 「貴様が風邪でも引くと元親が五月蝿い。」 「…入ってもいいのか?」 「ふん…」 傘の半分を空け、自分より体格のいい家康が入ってくる。いつもは陽の香りがする男でも、今は雨の香りがした。新鮮だ、と思う。 「助かるよ。」 「これ以上の対話を拒否する」 「そんなこと言うなって。」 三成の眉間に皺が寄り、家康の頭上からは傘が無くなる。すぐに彼は謝った。傘の持ち主の言葉は返ってこなかったが傘は戻ってきて雨をしのいでくれる。 三成の歩調に合わせ家康も歩みを進める。 「…三成、濡れていないか?ワシならもう濡れているからもっとそっちでいいが…」 「…私が貴様に気遣うとでも思ったか?自惚れるな」 二人の家は意外と近い。三成の方が学校に近いが家康とさほど変わりはしない。 つまり腐れ縁。いつでも帰る方向は同じだったが今まで一度も登下校を共にはしなかった。 理由は簡単である。家康の家を出る時間がいつも早いからであり、帰りも遅いからだ。 「いつもこの時間なのか?」 「これ以上の対話を拒否すると言ったが?」 「ああ。そうだったな」 無言で歩く。ちらりと家康が三成を横目で見ると、彼の肩が雨に濡れるのを見た。一瞬目を疑ったが彼は確かに傘を家康側にしていた。 なんとも言えない暖かい気持ちに包まれる。 「…自惚れてしまうよ。三成…」 小さな声で、呟いた。 声は大雨でかき消されたが。 下校はいつもこの時間にしようと密かに思った。 それからは無言が続いた。家康も声をかけなかったし、三成はただひたすら歩いた。 長身の二人の男が並んでひとつの傘を分かち歩いているのは何とも言い難い光景だろう。 人通りの少ない住宅地でよかったと内心三成は安心していた。 三成の家に到着したと同時に家康は傘を飛び出る。 黄色いフードをかぶり少しだけ雨をしのぐようだ。 「ありがとう!三成」 「さっさと帰れ。」 玄関前で傘をたたむ三成の片方の肩はやはり濡れていた。 頬を緩ませ、分かっている。と答える。 都合のいい解釈をしながら、家康は自分の家へと向かう。 「また明日!」 二度目の挨拶の時、彼が小さく「…明日」と呟いたのが聞こえた。雨に打ち消されなかった分、意外と多きな声だったようだ。 嬉しくなって、ひとり笑顔を浮かべる。 家康はそのまま走って帰っていった。 それを玄関前で見送った三成は息をついてから帰宅した。 濡れた肩で帰った日 「何故貴様と帰らないといけない!?」 「帰りの方向が同じなんだ。仕方がないだろう」 「家康ぅううぅううっ!!!」 -------- 戦友という名のビニ傘が誰かの手で連れさらわれた時に むしゃくしゃして書いたものでした ビニ傘は後日戻ってきましたが! |