※女体化表現あり
  現代尾浜と双忍













 とてもよい匂いがする。そう、例えるならば女の子のような匂いである。鼻腔を擽る噎せ返るような甘ったるい匂い。

What are
little girls made of?

Sugar and spice
And all that's nice,


「そんなこんなで出来てるわ」

 思わず胸の内からポロリと落ちてしまった言葉をそのまま放っておいてくれたならば良かったのに、雷蔵はわざわざ拾ってくれた。

「どうしたの、急に」
「できれば、そこはスルーして欲しかったな」
「急に女の子口調になったらビックリして誰だってスルーできないよ」

 可笑しそうに微笑む雷蔵を見て、まさに花が笑うような笑みを浮かべる人だと俺は思った。ゆるやかなウェーブを描いたふわふわしている蜂蜜色の髪はきっと見た目以上の触り心地なんだろうな、なんて思ってみたりして。つい触って見たくて手を伸ばす。

「触るな、変態」

 乾いた音がしたのと同時に手の甲がヒリヒリと痛む。

「あ、居たんだ。鉢屋」

 叩かれた手の甲を撫でながら、嫌味をひとつぶつけてみるが当の本人は俺なんて視界から消えてしまったかのように雷蔵にべったりである。雷蔵と髪型や衣服、持ち物、化粧の仕方まで全て一緒にしたがるこの女はきっと友情だとかそんなレベルのもんではないはずだ。現に俺を馬鹿みたいに敵対視している。雷蔵よりかは幾分か濃い杏色がふわりと動く度に悔しいけど良い匂いが俺を撫でてドキっとする。女ってのはずるい。

「三郎、だめだよ。そんな乱暴なことしちゃ」
「だってあの馬鹿が雷蔵に触ろうとしてたからっ!」

 そんなの耐えられない、と泣きそうな顔して首を横に振る鉢屋をよしよし、と宥める雷蔵。そんなに俺が嫌いか、鉢屋。

「あ、そうだ。さっきの続きだけど、勘右衛門」
「えっ嘘、そこで話戻す!?」
「さっきの話って?」
「勘右衛門が急に女の子口調になったんだよ」
「うわ、ない。きもちわるっ」
「煩い、鉢屋。雷蔵も雷蔵だよ、わざわざ話掘り下げなくても」
「だって気になるから」

 少し遠慮がちに、眉尻を下げて拗ねたような困ったような素振りをする雷蔵に俺は言葉を詰まらせた。意識してやってるのか、それとも無意識なのか、男の俺にはきっと分からないけど、そんな可愛い顔で言われたら従ってしまうのが悲しきかな男の性。なんだか改まって話すようなことじゃないから恥ずかしいけれど、俺は左手に持っていた一冊の本を掲げてみせた。

「What are little boys made of.だよ」

 本好きの雷蔵と雷蔵の好きなものは全て好きな鉢屋は、俺のその一言で何のことか察したらしい。

「かえるにカタツムリ、若しくは棒切れ、おまけに子犬の尻尾。随分とタラシ男にお似合いな歌詞」
「鉢屋は本当に可愛くないよね」

 笑顔で投げつけた言葉に鉢屋は目を真ん丸くしたあとにぐっと悲しそうな顔をした。鉢屋はハッキリ物事を言うくせして、自分が言われるのには免疫がからっきしないからすぐに傷付く。そんな様子がちょっと可愛いな、と思ったりする。好きな子ほど苛めたいっていう感情に似ているかもしれない。

「それに代わって、雷蔵はまさにこの歌詞の通りの女の子だよね。あのさ、雷蔵をつくっている“素敵な何か”が、俺凄く知りたいんだけど」
「えー、ないよ。そんなの」
「またまたー、ねえ、そんなこと言わないでさ。俺にだけ、教えてよ?雷蔵の、素敵な何か」

 女の子は砂糖にスパイス、素敵な何かでできている。なんて美味しそう。なんて幸せそう。ちょっとくらい味見しても良いんじゃないか、といつもの俺の悪い癖がでた。雷蔵の柔らかな髪に手を差し込んで、そのまま引き寄せようとしたところで右腕に走った痛みに顔が引き攣った。鉢屋が顔を真っ赤にし、泣きそうな顔して、雷蔵の髪に手を突っ込んでる右の腕をギリギリと握り潰している。爪、爪っ、お前のその無駄に長い爪、食い込んでるから。

「ちょっと、鉢屋、お前さ。少しはっ手加減ってものをっ」
「雷蔵に近づくな」

 鼻声でそう言われた。言ってる間も俺の右腕にぐいぐいと爪を沈ませていく。あまりの痛さに今度は俺が泣きそうな顔になりつつ、左手で鉢屋の腰を掴まえて、どうにでもなれと二人一度に胸に抱き寄せた。

「わっ、」
「ッ!?」

 二人を同時に胸の中に入れたとき、目の前で匂いの珠が弾けたかのような錯覚に陥った。幸せが背骨を伝って、ぶわりと鳥肌が立つ。雷蔵は気にしていないみたいでけろりとしてるけど、鉢屋は先ほどよりも顔を更に沸騰させて金魚のように口をパクパクさせている。

「どうしたの?勘右衛門、びっくりしちゃった」
「はあああああ、俺、今すっごく幸せ」

 お風呂に浸かったときのあの満たされるような幸福感に似ている。よい匂いに柔らかな感触。思わず気持ち良くて二人の頭に顔を埋めた。

「やっぱり女の子って良いよね。俺、好きだよ」

 視界が蜜色に奪われていく。蜜色に誘われてイチゴやレモンのようなフルーツの甘さが口内にも広がってきた気がした。俺は心地よさにゆるゆると瞼を閉じた。





胎盤の夢をみる午後






「なんて、俺どんだけ欲求不満なわけ」

 閉じていた瞼を開けば、見慣れたクリーム色の天井。俺の部屋。口の中にはフルーツの糸引き飴が入っている。口の中の糸は唾液でびたびたになってるのがなんとも気持ちが悪い。口内に広がる乾いた甘さに苦笑いしか出てこなかった。何やってんだか、俺。

「何、急に。どうしたの、勘右衛門」
「放っとけ、雷蔵。どうせ頭の悪い妄想にしか過ぎない」

 ピコピコというゲーム音が聞こえる。音のする方を見ると、テレビゲームをしていたのであろう同じ蜜色の髪、同じ顔の二人がコントローラーを持ったまま、テレビに背を向け、俺の方を見ていた。一方は不思議そうに、一方はにやにやと嫌な笑みを浮かべて。

「おっと、その顔を見ると図星だったか?勘右衛門?」
「えっ、そうなの!?」
「お前らね、」

 なんだか無性にイラッとしたので(特に鉢屋に)、俺はお得意の笑顔を貼り付けて雷蔵と鉢屋を見た。

「2人とも女の子だったら凄く可愛いのにね」

 暫し、ぱちぱちと瞬きをしたあと意味を理解したのかは分からないが、糸引き飴のソーダ味のように見る見るうちに真っ青になる2人に俺は腹が捩れるほど笑い転げた。



20120202