※臨也さんが最低。微ヤンデレ?


 始まりは、臨也が見せたアニメ映画だった。
「何見てんだ、日々也」
 ソファの上にクッションを抱え体育座りをした中世ヨーロッパの御伽噺の王子様のような格好をした青年はじっとテレビ画面を見つめていた。そんな青年が視界に入り、思わず声をかけたのはショッキングピンクに黒のストライプ柄の入ったシャツに白のスーツを来た金髪の青年だ。東京のはずれにあるマンションの、モデルルームの一室のような洒落た部屋にはそぐわないちぐはぐな二人は新宿の情報屋――折原臨也の所有するアンドロイドの一種である。この部屋も、臨也の所有するマンションの一室なのだが、今は二体の為に宛がわれている。
「あ、デリック」
 王子様ルックの青年――日々也は、声をかけてきたスーツの青年――デリックのほうに視線だけ向けたが、デリックの姿を確認するとすぐにテレビ画面へと向き直った。日々也の周りには、有名なアニメ映画のDVDが散乱し、テレビ画面にはドレスを着た少女が七人の小人と戯れている。
「あ、デリックじゃなくてだな……なんだ、これ」
 空飛ぶ絨毯に乗った男女が描かれたパッケージを手に、デリックはもう一度日々也に尋ねる。どのパッケージにも、ドレスを着て着飾った少女が描かれていてファンタジックだ。クッションを抱えた王子様ルックの青年が見る映画にしては、なんと言うかあまりにもシュールかつ滑稽に見えた。
「ん、臨也君がくれた。なんか、王子様といえばお姫様だよねぇとか言ってたぞ」
「はぁ……」
 相変わらず、所有者である臨也の言うことは理解できないとデリックは思った。自分たちには成長システムが搭載されており、生活の中で人格が形成されていくという最新型アンドロイドであり、所有者である折原臨也は、その人格形成されるアンドロイドがどれほど本物の人間に近づけるのか、人間観察の一環として自分たちを含め一体ですら一般人には到底手が届かない最新型アンドロイドを四体もポンと買ってしまうのだから相当の変人だと言うのがデリックの見解だった。ちなみに、残りの二対であるサイケと津軽はまた別のマンションにいる。
 とりあえず、そんな相当の変人である折原臨也が与えた映画をデリックはソファ越しに眺めてみた。ドレスを着た少女が森の中を歩きながら歌っている。曲名は”いつか王子様が”だっただろうか。少女が毒りんごを食べ、王子様のキスで甦り、物語は終わった。
 最後のシーン、少女にキスをする王子が、目の前の、アンドロイドと重なった。日々也の性格ベースは、服装の通り王子様をコンセプトとしている。美しい少女と、見た目だけなら眉目秀麗なこのアンドロイドはさもお似合いだろう。しかし、御伽噺はあくまで御伽噺。アンドロイドである自分たちには関係ない、とデリックは無意識のうちに安堵の息をついた。
 ずっと、食い入るようにテレビ画面を見つめていた日々也の喜色を含んだ瞳には気づかずに。


 臨也から貰ったアニメ映画をすべて見終わった頃から、日々也はデリックから見て奇怪な行動をとるようになった。自身を王子だと自称し、わがままな態度をデリックに対してとるところは変わらない。デリックの読むエロ本に対して妙な反応を返すのも変わらない。しかし、以前は興味を示さなかったマンションの外に興味を示すようになった。時代錯誤な王子様ルックも勿論着るが、それ以外の現代服にも興味を示すようになった。
 自分をおいて変わっていく日々也にデリックは恐怖した。
 いつだったか、所有者である折原臨也が二体の様子を見に訪ねてきたことがある。そのときにデリックは臨也に日々也の変化について報告したことがあった。その時の臨也の様子が頭をよぎる。彼はなんと言っていたか。何度も反復したメモリーをデリックはまた繰り返す。
「日々也がおかしい? ふぅん」
 メモリのなかの臨也はデリックの報告に、少し考えるそぶりを見せて、それはもう壮絶な笑顔で笑った。
「ねぇ、デリック? 君たちは、進化する機械だ。進化して、人に近づくべきAIだ。それが何を意味しているか、俺よりも君のほうが良く解っている……いや、この場合自覚しているといったほうが正確かな。うん、とにかく、それは実に喜ばしいことじゃないか! 日々也が元々のベースとなっていた御伽噺の王子様から、現代に生きる一人の人間に進化したということだろう? それを喜ぶことはすれ、嘆くことは無い。大丈夫、君は今、君よりも先に現代人へと進化する彼に焦っているだけさ。変化することは当たり前なんだよ、デリック。それを恐れてはいけない。彼のことも、当然、君自身も、ね」
 妙に大げさに、芝居がかった台詞だった。臨也の笑顔が、メモリに焼きついて離れない。
「どう変化しようが、それはAIの結果だよ、デリック。人間に近づいた証拠。所有者の望む結果に近づくってこと。ためらうことは無いんだよ。どんな変化でも俺は受け入れ祝福しようじゃないか! 日々也だってきっと俺と同じように受け入れ、祝福するはずさ。だって君たちは――」
 甘ったるい声だった。じくじくと耳から侵されていくような、そんな声だった。聴いた瞬間は甘いだけでなんとも無い。でも、そのうちに身体の中でその甘い声はどんどん毒気を帯びていって、いつか内側から壊していくような、そんな、声だった。
 ふるり、とデリックは身体を震わせる。既に、自身の身体を震わせるこの感覚が、何に対する恐怖なのかもわからなくなっていた。

モドル

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