飛行帽を買ってもらった。
 街で見かけた、大人用の、自分には少し大きいそれが妙に欲しくなった。誕生日には、新しい野球帽とグローブをと、両親と約束してたのを取り消してもらってその飛行帽を買ってもらった。両親は、急にどうしたんだと少し訝しく思ったようだがそんなに言うならと飛行帽を買ってくれた。
 茶色い革製のゴーグルが付いた帽子。
 自分も男の子ではあるし、飛行機にあこがれがないわけではない。けれど、別に飛行士へのあこがれは特になかった。そんなものよりも、もっと素敵な空の旅があるようなそんな気がしていたから。
 けれど、飛行帽を見た途端、欲しくて欲しくて仕方なくなった。理由は自分でもよくわからない。けれど、ずっとずっと欲しかった新しい野球帽とグローブよりもその飛行帽のほうがずっとずっと欲しくなった。その飛行帽を大切にしたくなった。
「大切にするから! 絶対絶対大切にするから!」
 両親にあそこまで必死に頼み込んだことなんて、あっただろうか。一度だけあった気もするが、思い出せないのできっと気のせいだろう。
 買ってもらった飛行帽を、見せびらかす気持ちはなかった。野球帽やグローブを買ってもらっていたなら、真っ先にメグとマック、ディーノのところへ行き見せびらかして、自慢していたことだろう。父さんと母さんに買ってもらったんだと、嬉しそうに楽しそうに報告し、呆れ半分ほほえましさ半分といった反応を返してもらっていただろう。
 けれど、飛行帽を見せる気はなかった。
 大切に大切にしまっておきたかった。これは、ひどく大切なものなんだと思う。なくなってしまったらきっと生きていられないほどに、大切なもののように思えた。びゅうと風にさらわれてしまったら、胸が苦しくなって、切なくなって、息ができなくなってきっと死んでしまう。だからそうならないように必死に追うのだろう。キックボードを必死で走らせて帽子を追うのだ。死なないように。でも、そんなことはしたくないからしまっておく。しまっておけば、安心だから。
 ふと、鏡の前でその飛行帽をかぶってみた。
 想像以上に似合わなかった。
 いや、似合う似合わないで言えばきっと似合っているのだろう。現に両親は似あうじゃないかとほめてくれた。けれど、納得できなかった。これは、自分のものじゃないのだ。これは、自分がかぶるものじゃない。自分がかぶっても、なにか違うのだ。


 露店で、赤い耳飾りをもらった。
 セントラルパークで見かけた露天商の、赤い耳飾りが気になった。自身を着飾ることに関しては全く興味がなかったのに、その赤い耳飾りが妙に欲しくなった。
 ジッとその耳飾りを見つめていたからだろう、露天商の店主が話しかけてきた。けれど、買うお金は持ってなかったし買ってもらうような機会もなかったからただ、素敵な耳飾りだねという話をした。
「耳飾りを欲しがるなんてませた坊主だなぁ」
「そんなんじゃねーけどさ、なんか、すげぇその耳飾りはきれいだなぁって思うんだよ」
 赤い、イヤーカフス。真紅の輝きは少しさみしげなような気がした。
 女の人が、アクセサリーや宝石を見て綺麗だとはしゃぐのはこういう気持ちなのだろうか。違う気がする。それとはまた別なのだ。それとはまた違う、美しさなのだ。
 アクセサリーだなんて一度も欲しいと思ったことなどないのに、それは店主に欲しいのかいと聞かれて即答で欲しいと答えてしまうくらい欲しかった。
 自分でも、理由はわからない。ただ、その耳飾りを大切にしたくなった。
「仕方ねぇなぁ……特別だからな。誰にも言うなよ」
 あまりに物欲しそうにしていたからだろうか。店主はその耳飾りを差し出してきた。さすがに悪いと思い何度か遠慮して断ったのだが、最後の一言でついに受け取った。
「お前さんの黒髪によく映えると思ったんだ」
 黒にその赤はよく映える。それは自分も同意だった。
 ほらつけてみな、と言われて恐る恐る軟骨の部分にカフスを噛ませてみる。少し痛い。店主は思った以上に似合うじゃねぇかと言って鏡を見せてくれたが、自分にはそうは思えなかった。
 いや、客観的に見ればきっと似合っているのだろう。黒髪に赤はよく映える。けれど、これは自分が着けるものじゃないのだ。自分が着けても、何か違うのだ。
 家に帰っても、両親に見せることはしなかった。いつもならもらったのだと両親に報告するだろう。こういうことがあってこんなものをもらったのだときちんと報告するだろう。
 けれど、耳飾りを見せる気はなかった。
 大切に大切にしまっておきたかった。無くしてしまったら、もう二度と会えない気がした。どんなに探しても、探しても、もう二度と見つからない気がした。せっかく手が届くと思ったのに、もう届かないような気がした。だから、しまっておく。しまっておけば、安心だから。

 飛行帽と赤い耳飾りをそっと並べてしまっておく。
 並べられたそれらは、関連性など全くないのに、ともに在ることがとてもよく似合う。自分が着けるものじゃないけれど、大切にするのだ。大切に大切にしまっておくのだ。
 風が、恋しくなった。

モドル

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