※朝凪のぬ仔主催のチャット派生話
※子供っぽい臨也さんにたじたじになる帝人君
※「へぇ、こんなとこがいいんだ」と言わせたかった。でもなんか違う。
※ギャグ






 新宿の情報屋、折原臨也はとても子供っぽい人だった。
 そのことが発覚する前、僕が臨也さんと出会ったばかりの頃。ミステリアスな雰囲気や、怪しげな笑み、情報屋という非日常的な職業から僕は彼のことをとても大人な人だと認識していた。そりゃ、ネットでは甘楽という女性としてチャットに参加していたりちょっと変な所もあったけど、それが僕のイメージする彼という人間性の前面いっぱいに出ない程度には彼は落ち着いた、洗練された大人という雰囲気を持っている。少なくとも、僕はそう感じていたしそんなところに惹かれた。
 その頃、僕と臨也さんは、チャットでは愉快な管理人の甘楽と初期メンバーの田中太郎として、現実では来良高校のOBと現役生として、それから情報屋とそのクライアントとしてそれなりの距離のある、しかしダラーズを介し秘密を共有する一種共犯者にも似た不思議な、それでもどこか余所余所しげな空気を纏った奇妙な付き合いをしていた。とはいえ、情報屋である臨也さんにとってはそんな付き合いは奇妙でもなんでもない日常なのかもしれなかったけど。とにかく、普通の高校生の僕には十分奇妙といえる関係だった。
 でも何故か、気がついたら、その関係は彼によって鮮やかに塗り替えられていた。
 本当に、気がついたら、だった。俗に言うフラグを立てた覚えもなし、何か決定的な出来事があったでもなし。彼は、情報屋らしく僕や僕の周りの情報を巧みに操り、導き、僕と彼が付き合っているという認識を世間に持たせた。事実はどうであれ、時に人の認識は虚構を現実にし嘘を真にする。彼が何を考えて、僕と彼を恋人として結び付けさせたのかは知らない。ただ、世間一般の認識として僕と彼の間には決定的な言葉も出来事も無いままに、恋人という空っぽな関係が生まれた。
 否定しようと思えば、否定できたのかもしれない。くだらない噂だと忘却の彼方に消し去ることも可能だったのかもしれない。でも僕はなんとなくそれをしなかった。最初から距離感のつかめない、よく分からない関係だったからそれを恋人と名づけられてもまぁ、良いような気がしてしまったのだ。きっと、蜃気楼みたいに近づいてもたどり着けないのにいつまでも付きまとうようなそんな彼との距離に僕は現実味を奪われてしまったんだと思う。
 だから、そんな彼からのお願いは僕にとっては予想外の出来事だった。
「ねぇ、帝人君。デートプラン立てておいてよ」
 下校中、やぁと気さくにかけられた声、その次に出てきたのがこれだったから僕は最初なにを言われたのか理解できなかった。
「へ? え、で、デートって……誰と誰のですか?」
「え、嫌だなぁ恋人に向かってそういうこと言う? 俺と帝人君のに決まってるじゃない」
 変な帝人君、だなんて彼は笑ってそれからじゃぁねと人ごみの中に紛れていった。直後に自販機が投げられたときの破壊音やら悲鳴やらが聞こえてきたから、多分静雄さんの気配を読み取ったんだと思う。恋人よりも天敵を優先させるだなんて妬けちゃうなぁと思った僕の思考は確実に彼によってゲシュタルト崩壊を起こしていた。


 そんな出来事から一週間、僕は彼に頼まれたとおり僕と彼とのデートプランなるものを立ててみた。世間一般の恋人がどんなところに行くのか、大人っぽい雰囲気の彼に似合う場所はどこか、ネットで検索したりしてそれなりに頑張ったと思う。
 池袋だとゆっくりできない可能性があるから、僕は新宿のカフェに彼を呼び出した。いつもの格好をした彼はスマートに僕と彼の分のケーキセットを頼む。僕はイチゴのショートケーキを、彼はベイクドチーズケーキを選んだ。やはりというかなんと言うか、僕は彼に奢ってもらうことになったのだけど、押し付けがましくも無く、かといって遠慮させるでもない彼の言動はやはり大人っぽくてかっこよかった。
「それで、この前言ってたデートプランのことなんですけど……」
 ケーキが来るのを待っても良かったのだけど、それだとちょっと僕の心臓がもたない。それほどには僕は彼に僕の考えたデートプランを見せることに対して緊張を憶えていた。彼は、僕のそんな心情を読み取ったのかちょっと笑った。始めて見たかもしれない自然な笑みはいつもの飄々として何処か危なげな彼の雰囲気をがらりと変える。少しあどけないような、何も知らぬ幼子の笑みのような、でも目だけは深い知性と彼の彼たる所以である魅力を映している。酷く、アンバランスに思えた。
「どうしたの?」
「あ、いえ……ちょっと緊張しちゃって。それで僕なりに考えたんですけど」
 話を切り出したなり黙ってしまった僕に彼が小首をかしげながら尋ねた。少し傾いた首が元に戻る頃には彼はいつもの軽薄な笑みを浮かべる飄々とした情報屋に戻っていた。アンバランスさが消え、いつもの落ち着いた雰囲気に僕の緊張も少しほぐれる。思いもよらぬ彼のあどけない笑みに僕は酷く動揺したようだ。
 僕が差し出したデートプランの書かれた紙を彼の目が追っていく。楽しげに眺められて終わるだろうと思っていたその紙は思いのほか丁寧に彼の視線に蹂躙された。真剣な彼の瞳が文字を追うその姿にこの人はいつもこんな風に仕事をするのだろうかと僕の知らない彼を見たようで。決してときめいてなんか、ない。しかし、彼の目が文字を追うごとに彼のまとう空気は剣呑とした雰囲気を醸し出し始め、眉間にはしわがより始める。
「あの……?」
「へぇ、帝人君はこんなとこがいいんだ?」
 貼り付けたような臨也さんの笑みに、のどが引きつる。僕の計画の何が気に入らなかったのだろう。
「い、え、臨也さんと一緒に楽しめるのはどこかな……って僕なりに考え、て……」
「君と俺は恋人だろう? 君が行きたいところに行けばいい」
 真剣に僕を見る臨也さんの瞳にはどう考えても怒りが宿っていた。何がそんなに気に入らなかったのだろう。何が彼を怒らせたのか全くわからない。
「じゃっ、じゃぁ、臨也さんならどこに行こうと思いますか」
 やっとのことで絞り出した言葉に、臨也さんはきょとりとすると、こてんと首を傾げてさっきの怒りはどこへやらといった様子で考え始めた。
「……動物園、とか? 上野行こうよ上野」
「上野動物園……ですか。それより科学博物館とかのほうが……」
「はぁ? パンダ見れればそれでいいじゃん。ま、正確には動物を見て喜ぶ人間が見たいわけだけど……まぁ、ついでにパンダも見てやってもって感じかな」
 ここまできて、ようやく僕も気が付いた。この人、すっごく、子供だと。ただ、動物園に行きたかっただけだと。
 アメ横にも行こうねという、子供な大人に僕は生返事しかできなかった。

モドル

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