妙に間延びした、穏やかな夜だった。
 ぼんやりとした月明かりが狭い部屋の中を照らして、どこか優しい薄暗い闇を作り出していた。僕はというと、眠ろうとしても眠れずに部屋の中を見渡す。
 しんとした静寂の中で、僕以外誰もいない部屋が妙に落ち着く。ゆっくりと息を吐きながらさてどうしたものかと考えを張り巡らせた。やっぱり寝る前にいつもぎりぎりまでチャットをするのがいけないのか、ていうかどうしたら眠れるんだろうとか。考えたところで答えなんか出るはずがないっていうのもわかってる。
 仕方ないから、開き直ってパソコンの電源をつけることにした。低いモーター音が静寂の底に響く。つい、いつものチャットルームを開いてから苦笑する。
 さっきお開きになったのに、誰かいるはずがない、と。
 それでも、気まぐれに誰もいないチャットルームに入ってみる。田中太郎さんが入室されましたという無機質な文字が流れただけで、当然、誰もコンタクトを取ってこない。当然だ。僕だってあと三時間もしたら学校へ行く準備をしなくちゃいけないのに。
 席を立って、水を飲んだらパソコンを消そう。そうして画面に視線を戻して息をのんだ。

甘楽さんが入室されました

甘楽【あっれー、太郎さんってば寝ないんですかぁ?!】

内緒モード 甘楽【夜更かしはよくないよ、帝人君。明日も学校だろ?】

 なんで臨也さんがチャットルームにいるんだろう。臨也さん明日は仕事ないのかなとか、いろんなことが頭を巡ったけれど、とりあえず返信を打つ。

田中太郎【いや、なんだか眠れなくてですね】
甘楽【そうなんですか? 奇遇ですね〜私も眠れなくって☆】

内緒モード 田中太郎【臨也さん、眠れないんですか?】
内緒モード 甘楽【たまたま何となく、今日は寝付けなくてね】

甘楽【それで、ダメもとでチャットに来てみたら太郎さんがいるんですもん。びっくりしちゃいました!!】
田中太郎【私もダメもとでなんとなくチャットに来たら甘楽さんが入室されたので驚きましたよ】
甘楽【きゃーなんだか運命感じちゃいますねっ☆】
田中太郎【運命かどうかは置いといて、甘楽さんがチャットに来てくれてよかったです】

 そこまで打って、ハッとした。僕はいったい何を書いてるんだ。
 臨也さんへの憧れを、そのまま文字にしてしまいそうだった。眠れない夜は、ひまなのと同時に、淋しい。憧れの人の言葉にいつも以上に一喜一憂してしまう。
 脳内で、ぐるぐるした思考を抱えながらも、手は慣れたように”田中太郎”を演じてくれる。

田中太郎【寝れない夜って、何すればいいのかわかんなくて】
甘楽【太郎さん学生ですよね? 勉強とかしなくていいんですかぁ?】
田中太郎【それは言わないでくださいwwwww】
甘楽【でもでも、真夜中にふたりっきりっていうのもドキドキしちゃいますね☆】
田中太郎【動悸ですか? 薬用養命酒が効くらしいですよ】
甘楽【そんな歳じゃないですよ?! 乙女に向かって失礼な!!】

内緒モード 田中太郎【ていうか、寝付けなくて臨也さんがチャットルームに来るっていうのが意外です】
内緒モード 甘楽【いや、ほんとにたまたま。なんとなくだったんだけどねぇ。誰もいないことを確認して寝ようと思ったら君がいるんだもん】
内緒モード 田中太郎【あーなんかわかります。誰もいないことを確認したら寝付けそうな気がしたんですよ】
内緒モード 甘楽【企みはお互い見事に失敗したわけだ】
内緒モード 田中太郎【そうなりますね】
内緒モード 甘楽【静かな夜だねぇ】
内緒モード 田中太郎【あと数時間もすれば、朝が来ますよ】
内緒モード 甘楽【寝ないの?】
内緒モード 田中太郎【残念ながら寝れないんです】
内緒モード 甘楽【そうだったね】
内緒モード 田中太郎【外に出るのもちょっと違う気がしますし】
内緒モード 甘楽【案外、外に出たら眠くなるかもよ? 真夜中のデートでもする?】

 真夜中のデート、という言葉に心臓が跳ねる。
 たまに、この人がとてもずるく思えるときがある。この人は、僕がどれだけ臨也さんを尊敬しているか、臨也さんに憧れているか、わかってない。彼の言葉がどれだけ僕に影響を及ぼすかわかってないんだ。
 わかってないから、こうやって、簡単に僕に僕が喜ぶような言葉を投げる。
 もっとも、臨也さんのことだからもしかしたらすべてわかってやってるのかもしれないけど。

内緒モード 田中太郎【それこそ、朝が怖いので遠慮しておきます。いい加減布団に戻りますね】

 これ以上、二人で寂しい夜を過ごしたらなんだかすべてぶちまけてしまいそうだ。
 やさしい夜の闇に似た臨也さんの言葉は、淋しい夜には甘すぎる。

田中太郎 【そろそろ布団に戻ることにしますw 甘楽さんおやすみなさい】
甘楽 【そうですね! 甘楽ちゃんも寝ることにします☆ おやすみなさぁーい☆】

田中太郎さんが退出しました

内緒モード 甘楽【真夜中のデート、俺はしたかったんだけどね】
内緒モード 甘楽【おやすみ帝人君。いい夢を】

甘楽さんが退出しました


チャットルームには誰もいません
チャットルームには誰もいません





 翌日、最後に残された言葉に僕は頭を抱えることになることを、布団にもぐった僕は知らない。

+++

どうしようもない夜のお話。

モドル

「#お仕置き」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -