我ながら厄介な感情を抱いてしまったものだと平和島静雄は思う。
 嫌悪、憎悪、殺意……湧き上がる感情は負のものばかり。間違っても恋だなんて甘酸っぱい感情には変化しそうも無い。嫌よ嫌よも、なんて言うけれども嫌なものはやはり嫌なのだ。
 というか、静雄が折原臨也に抱く感情はそもそも嫌いというのも少し違うのかもしれない。
 あまりに静雄の抱く感情は強すぎて、恋だの愛だのそんなものも掠れてしまうほどに強くて、強くて。平和島静雄を構成するすべての要素が折原臨也を否定して拒絶して排除しようとする。そこに、平和島静雄としての意思は無い。ただ、あまりに強い……衝動、があるだけで、嫌悪も憎悪も殺意も後付でしか無いのかもしれないと静雄は思った。
 だからなのだろうか。一人でいるときには折原臨也に対する感情は比較的穏やかだと静雄は思う。
 折原臨也に対しての、穏やかな疑問や反省すら思い浮かぶ。それだけならまだしも、折原臨也とまともに会話を交わせる気になって会話を交わしてみたくなる時すらある。
 恋しい、とは少し違う。寂しいとも違う。でも、静雄は折原臨也にに会いたくなるときがあった。
 なのに、だ。厄介なこの感情は、折原臨也を目の前にすると強い衝動を引き起こし、後付の嫌悪と憎悪と殺意を引き連れて平和島静雄を襲う。静雄がどうのこうのではなく、平和島静雄の制御できない部分で、折原臨也を拒絶した。
 強い強いその衝動は繰り返し繰り返し静雄を襲い、いつしか平和島静雄の大部分を占めるようになってしまった。
 いっそ、恋や愛の類であったなら、とすら静雄は思う。その類であったならきっと時間と共に風化しいつか思い出になってくれる。でも、これは衝動だ。風化したと思っても、折原臨也の面影を見るたびに、勢いを取り戻し、静雄を襲う。いつまでも。
 だからこれは、嫌いでも愛でも恋でもなく多分、あまりに強いこれは、平和島静雄の存在理由なのだろう。
 そんな結論に至った、仕事の休憩時間。静雄が肺の奥深くまで有害物質を多分に含んだ煙を吸い込むと、不意に声がかけられた。
「臨也さんが、ですか」
 その声に、静雄はハッ、と前を向く。そこにいたのは静雄や折原臨也の母校の制服を着た顔見知りの少年。高校生にしては少々短く幼い髪型が妙に似合う童顔のその少年の、不躾な強い羨望の瞳が静雄は苦手だった。
「あ……独り言に不躾にすみません」
 静雄は出した結論を無意識のうちに声に出していた。それに対して少年は声をかけたのだろう。ぺこりと頭を下げる少年に別に気にしていないことを伝える。気にしていないというより、あまりに不意に投げかけられたものだからそこまで意識できなかったといったほうが正しいか。うろ覚えであった名前を呼んでみると竜ヶ峰ですと訂正される。そんな名前だったような気もするが、いかんせん平和島静雄はかかわりの薄さの割に竜ヶ峰少年が妙に苦手だったものだから、名前を覚えようとはあまり思えなかった。
 さて、どうしたものかと考えあぐねているうちに、上司の声が静雄を呼んでいた。内心、助かったような気がしないでもないが、仕事なのだから仕方ないだろう。
「わりぃな、もう仕事なんだ」
「あ、いえ、僕のほうこそいきなり声をかけてしまってすみませんでした」
 もう一度、頭を下げた竜ヶ峰少年はまた、帰宅するために池袋の人ごみの中に紛れていった。
 礼儀正しく、俺を必要以上に恐れないあの少年に苦手意識を持つどころか、逆に好感を抱いてもいいはずなのに、平和島静雄は竜ヶ峰少年の目が好きになれなかった。薄暗い羨望は静雄に向けられたものじゃなく、静雄を通して歪んだ何かを求められているようでひどく居心地が悪い。
”臨也さんが、ですか”
 そう言ったあの少年に、いつか静雄の後付の嫌悪と憎悪と殺意をはがされてしまいそうで。折原臨也への嫌悪と憎悪と殺意がなくなって、どうしようもない衝動だけが残った時に平和島静雄はどうなるのだろうか、それだけがただただ不安だった。


 うらやましい、と竜ヶ峰少年は思った。
 竜ヶ峰帝人は、折原臨也と平和島静雄の関係に羨望の念を抱いていた。何の打算もなく、ただ、折原臨也と平和島静雄であるというだけで二人はもう何年も殺し合いをしている。
 誤解の無いように言っておけば、帝人は殺し合いがしたいわけではない。ただ、おそらく、絶対にこの先変わらないであろう関係が羨ましかった。二人が折原臨也と平和島静雄である限り、二人の殺し合いは続いていく。同じように、自分たちも竜ヶ峰帝人と紀田正臣と園原杏里である限り友人でいられる保証があればいいのにと思ったのだ。
 あの二人の関係もずっと続くという保証があるわけではないことも帝人はわかっていた。けれど、池袋の住民が認める事実として、おそらくという形容詞はつけど限りなく確信に近い形で公然とあの二人の殺し合いは続くと思われていることは確かなのだ。それが羨ましい。いつか、園原杏里は言った。変わらない日常こそがあり得ない非日常なのだと。でも、そんな変わらない関係は確かに存在しているではないか。変わらない日常として折原臨也と平和島静雄は殺し合いをしてるではないか。羨ましくて羨ましくて竜ヶ峰帝人は仕方なかった。
 平和島静雄はそんな帝人の感情には感づいてはいるらしいが、確信を持てないでいる。しかし、折原臨也は帝人のそんな感情を確信を持って見抜いたらしく、以前帝人はこんなことを言われた。
「頼むから、君たちの美しい友情と俺たちを重ね合わせないでくれるかな? 反吐が出る」
 帝人が、折原臨也という青年の心からの嫌悪を表す表情を見たのはあの時だけだった。
 あの、呪詛を吐くように言われた言葉にどんな思いが込められているのかは帝人にはとてもはかり知れない。いや、はかり知ろうとも思わなかった。ただ、折原臨也は自分が折原臨也である限り平和島静雄への嫌悪の念を抱き、殺そうと思わずにはいられない呪いのような感情に苛まれる運命を呪っているかのように帝人には映った。
 そして思うのだ、あぁ、なんて羨ましい、と。
 だからこそ、竜ヶ峰帝人は平和島静雄があまり好きにはなれなかった。自身の誇るべき力を呪うくせに折原臨也を排除することについてはその力をためらいなく発揮し、そんなアイデンティティの保持に折原臨也を一種利用してることに無自覚で、感情には鈍感で、そのくせ傷つきやすくて、ズルい、と思うのだ。非日常に愛されたくせに日常を求めるだなんてズルい、と。それこそが彼の魅力であることも認めざるを得ないのではあるが、やはり、竜ヶ峰帝人は平和島静雄があまり好きにはなれなかった。
 せめて、平和島静雄が折原臨也への執着を本当の意味で認め、パラドックスに苛まれ、殺しあうだけの日常に変化をもたらしてくれればまだ良かったのにと帝人は思う。しかし一方で、そしたら変わらない関係が存在するってことの証明ができなくなってしまうとも帝人は思う。
 竜ヶ峰帝人は、折原臨也と平和島静雄の関係に羨望の念を抱いていた。それと同時に平和島静雄に嫉妬の念も抱いていた。

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帝人くんの平和島さんに対しての感情は果てしなく複雑だといい^q^
多分、平和島さんがダラーズ抜けた後くらい。

平和島さんがダラーズ抜ける前は、ダラーズの一員の非日常だからという理由だけで平和島さん大好きな帝人君。
で、紀田くん失踪後に非日常への羨望から日常への回帰を望むようになってからは平和島さんの怪力があまり好きじゃなくなる帝人君。
平和島さんがダラーズ抜けてからは臨也さんへの依存傾向もあって平和島さんが完全に好きじゃなくなる帝人君。

私は帝人君をなんだと思ってるんだ^q^

個人的に、帝人君は絶対いい子でも優等生でもない。
臨也さんが意識的に最低な人だとしたら、帝人君は無意識に最低な部分を持ってる感じ。自分のためなら躊躇いなく人を壊せるよね。

でも私は帝人信者です。えぇ。

モドル

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