シュウは、ぽつんと誰もいない秘密基地で窓から風に当たっていた。それは今日だけでなくここ数日のシュウの行動だった。メグもマックもディーノもいない秘密基地でただただ、風に当たって過ごしていた。日差しはすでに熱く、吹き付ける風も夏めいていた。
 夏が来る。そんな思いとともに胸にこみ上げる寂しさはなんなのだろうか。ぎゅううっと心臓を鷲掴みにされるような苦しい寂しさだ。
 夏と共に、確かにやってきたはずの何か。
 シュウの心に確かに居座ったはずの何か。
 確か、とシュウは思う。風のように気侭で空のようにでっかくて雲のようにふわふわで。そして、自分を心地よく包んでくれた、夏の、風。
「なぁんだっけなぁ……」
 少しだけ、返事を期待して声に出してみた。しかし、声はだれにも拾われることはせず、秘密基地の中にむなしく消えていった。わかりきった現実だった。
 わかっているのに、聞きなれた声を風が運んでいることをどこかで待ちわびる自分がいるのが少しだけ気持ち悪い。そもそも、聞きなれた声とはなんなのか。メグでもマックでもディーノでもなく、母のヨウコでも父のサスケのものでもないような気がする。もっと低くて、ちょっと怖くて、でも、とても涼しげな声だったような気がする。
 窓から見る景色はいつもと変わらない。風がTシャツの中を吹きぬけていく。高い所に吹く風は、地上に吹く風よりものびのびとしている。
 それは、シュウも良く知っていることなのに何かが違う気がした。
 シュウが知ってる風は、もっともっと自由だった。
 ふと、シュウは肘を置いている窓枠に目を落とした。当然のように何もいない。
 何やってんだかなぁと、こっそりシュウはため息をついた。
 絶対、この季節に。夏と共にやってきたんだ。
 何といわれれば説明は難しすぎるが、その何かをすっきりはっきりぴったり表してくれる単語があったはずなのだ。
「思い出せねぇよなぁ」
 シュウが夏が来たなぁと思ったとほぼ同時期に、マックもメグもディーノもシュウと同じようにどこかで一人時間をつぶすようになった。
 みんな、誰がどこにいるかはなんとなく知っている。
 シュウは、この秘密基地。メグは、寂れた植物園。マックは、コニーアイランド。ディーノは、家で一人。
 それぞれ、一人でそこで何をするでもなく時間をつぶす。いつものように遊ぼうと誘う気も起きなかった。
 まるで、誰かとそこで会う約束でもしているかのように一人で時間をただただつぶす。
「なぁにやってんだかなぁ」
 そう呟くと、また風が吹いてきた。けれど、今度はまるでシュウの為だけに吹いてきたかのような錯覚にとらわれる。優しくあやすような、それでいてどこか呆れがちな。
”しょうがねぇなぁ”
 なんて、空耳が聞こえた気がして。
「なんだよ。何なんだよ。そこにいるのかよ?」
 くだらないとわかっていて、意味がないとわかっていて、独白は止められない。
「なんだよ。慰めるくらいならここに来いよ。俺の前に来いよ」
 シュウの為だけに吹いている風が、壁際に貼られている写真を揺らす。不自然な空白ばかりが目立つ、シュウたちが小学校五年生のときにメグがとった写真。今よりも少しだけ幼い彼らが、無邪気にも笑っている。
 不自然な空白が目立つのだから、そこに何か新しい写真を貼ればいいのに、なぜか誰もそれをしようと言い出さなかった。その空白は、その空白としてあるべきもののような気がした。
 誰もいない秘密基地は、あの頃よりも背が伸びたはずのシュウの体に反して広く感じられる。
「何なんだよ……」
 寂しくて、寂しくて仕方がない。
 だって、だって。風だって。
「なんで、そんな寂しそうに吹き抜けるんだよ……っ!」
 堪らず、涙が頬を流れるのを感じた。
 それがなんだか信じられなくて、必死で涙を拭うがとまらない。風は、まるでシュウを撫ぜるかのように吹いている。
 まるで、懐かしい誰かの大きな手になでられてるみたい、なんて心の隅で思った。
 確かに、誰かの指先になでてもらってる気はするのに、見上げても青空が広がるばかり。
「空色の、指先……?」
 ポツリ、ともれた単語は何となくしっくり心に収まった。シュウを愛おしむように誰かの空色の指先が自分を撫でてくれている、そう思ったらとてもしっくりきて、少しさみしさが紛れたような気がした。それでも。
「なんかそれ、卑怯じゃねェ?」
 やかましい、とでも言うかのように少しだけ風が強くなった。シュウの頬が少し緩むのが分かった。
 くだらないと分かっていても、意味がないと分かっていても。この先ずっとシュウはこの季節に一人ここで時間をつぶすのだろう。
 夏に来たはずの風を、一人ここで待つ。
 風が、それを望んでいるかのように彼の周りを吹きぬけるから。

+++

ヤマなし、オチなし、意味なし。
最終回後のシュウの独白。多分1年後くらい。
読み物netさんの企画のために2008年に書き下ろしたものを加筆修正しました。
一次創作でもよかったのですが、
『短編作品特集 2008夏 〜あの人とまた会える夏がやってくる〜』
と言われちゃぁ、レジェンズを書くしかないよなぁ。と思ったのでレジェンズで参加。
夏と共にやってきて、夏が終わる前に去って行ったんだよなぁと思うと切ねぇなぁおい!
あの人と会える夏というサブタイなのに、再会できてないのはアレです。うちのサイトの悲しい性です。

風3がたまらなく好きです。書きたいけど、書きたくないジレンマ!!
めっちゃ幸せな風3が書きたいのに私が書くとほの暗いえ、これは幸せなの?って文になっちゃう!!

でもラン様ががんばる連載は書きたい!!
言うだけタダ!!

モドル

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「見えない臓器の名前は」
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