「先日はお世話になりました」 軽く頭を下げると、目の前に座る彼はちょっと驚いた顔をした。 この間のダラーズの初集会後、僕は初めて臨也さんに食事に誘われた。奢ってあげるよ、という臨也さんの言葉に最初は遠慮しようと思ったが、うまく言いくるめられ、お礼もろくに言ってないこともあって僕は結局臨也さんとご飯を食べに行くことになった。 食事、といわれても臨也さんがどこに連れて行ってくれるのか僕には想像つかなかった。露西亜寿司かな、とも思ったけれど、どうやら違うらしい。まぁ、確かに臨也さんはそう易々と池袋に足を踏み入れられはしないのだろう。僕は、初対面のときに受けたあの衝撃をまだ忘れてはいない。コンビニのゴミ箱に吹っ飛ばされる眉目秀麗な人間だなんてそうそう見れやしない。 「いいや、あの夜は俺もなかなか楽しませてもらったからね。それに俺もダラーズの一員だ。助け合うのは、当たり前だろう?」 そう言ってちょっと笑って、臨也さんは目の前のお好み焼きにはしをつけた。テーブルにはお好み焼きだけでなく、様々な料理が並んでいる。臨也さんは結局ファミリー居酒屋と呼ばれるような個室の店に連れて行ってくれた。僕も臨也さんもお酒は飲まないけれど、なるほど確かに料理の種類は豊富だし個室というのはなかなか居心地がいい。 「お酒を飲んでドンちゃん騒ぎをするだけが居酒屋じゃないさ」 そう言って臨也さんは今度は大トロを食べ始めた。僕も、味噌だれ焼き鳥を口に入れる。うん、美味しい。 今まであまり臨也さんと居酒屋が結びつかなくて、どちらかというと、彼は一人でバーで飲んでそうなイメージを持っていた。けれど、個室でのんびり料理を楽しむ臨也さんはなんだかちょっと馴染んだ。何に、と問われれば明確には答えられないのだけど、とりあえず、馴染んでいた。 味噌だれ焼き鳥の美味しさに満足しながら、もう一方で彼の先ほどの言葉を何度も反復させる。俺もダラーズの一員だからね、と彼は言った。助け合うのは、当たり前だろうと言った。彼は情報屋で、当然それだけじゃないこともわかってはいるのだけれど、やっぱり、僕が望んだダラーズのあり方を否定しない臨也さんに少し嬉しくなる。この人と知り合えてよかったと、思う。 「時に帝人くん、君はイニシエーションという言葉を知ってるかい?」 大トロが臨也さんによって食べつくされ、味噌ダレ焼き鳥もなくなった頃不意に臨也さんが僕に問いかけてきた。 「いに…しえ? すみません分からないです」 「うん、正直だね。帝人くんって興味の無いことは関心持たないよね。パソコン関係だとすごく詳しいのに。イニシエーションって言うのはまぁ、いわゆる通過儀礼のことかな。民俗学なんかでよく使われる言葉」 それがいったいどうしたのだというのだろう。言うべき言葉を考えあぐねていると、臨也さんはにっこりと笑った。蔑むようで、どこか慈しみを込めているような不思議な笑みだった。 「特別な儀式を通して、変化の体験をすることを主に指すんだけどね、それって凄くあの夜に似ていると思わない? 君はダラーズの集会という非日常的な儀式によって池袋に迎え入れられた、と。そう考えられはしないかな」 一呼吸おいて、臨也さんはさらに告げる。 「今日はさ、儀式を通して変化を迎えた君に、改めてようこそっていうお祝いのつもりだったんだよ」 一瞬、彼の瞳にぎらついた何かが見えた気がした。なんと答えるべきか僕は少し迷ってとりあえず、ありがとうございますとだけ告げれば、彼は満足したように軽く返してきた。その表情にさっきのような複雑な色もぎらついた何かも見受けられなかった。 池袋駅まで送ってもらって、家に帰って一人で考える。 儀式によって変化した僕はどこへ行くのだろう。臨也さんはようこそと言ったけれど、それはどこを指して言ったのだろう。彼は、あの夜、僕に進化し続けることを助言した。非日常にいたいのなら常に進化し続けるしかないのだと。あのようこそは、そんな進化の入り口へのようこそなのだろうか。だとしたら臨也さんは僕に進化することを求めているのだろうか。 イニシエーションを持ち出した彼の心理が気になって、パソコンで検索をかけてみる。一般的にイニシエーションとは共通意識、全体としての宗教性がなければ成り立たない。この場合、共通意識のなかの宗教としてダラーズという存在があげられる。次に、儀式を執り行う長老とかそんな役割の人物が必要になってくる。もしかしたら臨也さんは儀式を執り行う人になりたかったのかもしれない。非日常という儀式を起こし、人が変わる瞬間に立ち会う、そういう人になりたかったのだろうか。彼は人が好きらしい。人を、愛しているらしい。それは何処か儀式じみていて。彼は人を愛するという儀式を介して何になりたかったのだろう。 僕のダラーズの集会という儀式を執り行ったのは、残念ながら臨也さんではなく、セルティさん……正確にはセルティさんの首だ。セルティさんの首を巡って執り行われた儀式で何が変わったというのだろう。 あの日に見送った臨也さんの背中を思い出す。 彼の背中はとても遠く感じた。そして同時に、追いつきたいとも思った。彼の見るものを見て、彼の感じる世界を感じてみたいと思った。それは、どんな世界なのだろう。彼の行う儀式にはどういった意味があって、どういった変化が生じるのだろう。 そしていつか、僕が儀式を執り行う人になり、誰かを救える日が来たらいい。そのために、ダラーズをきちんと管理しなければ。これが、僕の進化だと心に強く思った。 ++++++ ユング派の心理学の本読んでるとデュラララ!!とからめたくなってきちゃう腐女子の業。 帝人君独白の考察は書きやすくて書いててとても楽しい。 SSとして面白いかどうかは疑問だけどね!! ユング派の心理学シリーズで第三者視点で臨也さん書きたいなー。 モドル |