幸せに、なってほしいと不意にそう強く思った。
 師匠が張り切って腕を振るった一般人が一人で作ったにしてはあまりに豪勢な料理の数々に、ジェイミー君もトマス君も喜びも驚きも通り越して少し呆れの入り混じった視線を向けた夕食。いつだったか、料理が趣味なのだと言っていた気がする。正確には、言っていたのか書いていたのか僕が察したのかは曖昧なんだけど。
 作りすぎちゃった、と笑う師匠は本当に嬉しそうで僕も自然と嬉しくなった。
「作り過ぎって……限度があるっス……」
「はぁ……残したら勿体ないじゃん。何考えてるのさまったく」
「あ、それなら大丈夫! 残ったらサニー君が全部食べてくれるから」
 ね、サニー君とご機嫌な様子で振られて、胸の奥からむず痒いような幸せが込みあがる。言われなくても、師匠の料理を残したりするはずがない。まだ囚だったころ、師匠をを食堂に連れて行った日、初めて食べた師匠の料理の味を僕は一生忘れないと思う。
 師匠の言葉に、トマス君もジェイミー君もまじまじと僕を見てきたけど、ジェイミー君は何かに納得したようだった。サニーの兄貴ならとか呟いていたけれど、ジェイミー君は時々面白い発言をするなぁって思った。
 師匠も席について、四人で手を合わせていただきますを唱える。ジェイミー君とトマス君はその動作になれないようで、ぎこちない様子でいただきますを唱えた後、照れくさそうに顔を見合わせて笑っていた。監獄生活の中で二人は仲良くなったみたいで、僕も早くトマス君と仲良くなりたいと思う。
 さぁ、箸をつけるぞ! と全員が手を伸ばした時、ドアが乱暴にあけられた。
「ネルガル団参謀の僕を置いて四人でご飯とかズルくない?!」
 勢いよく部屋になだれ込んできたのは、素顔をさらしたままのゼロさんだった。師匠は驚きと呆れの表情を浮かべ、トマス君は困惑し、ジェイミー君は嬉しそうにゼロさんを迎え入れた。
「陛下……職務はどうしたんですか」
「どうせなら陛下じゃなくて参謀って呼んでよ……ボスが早退したって聞いて速攻で終わらせてきたよ! なんで呼んでくれないのさ!」
 どこからか持ってきた椅子に座り、当然のように夕食を共にしようとするゼロさんに師匠は苦笑を浮かべた。ネルガル団全員集合っスね、という嬉しそうなジェイミー君の声に自然と乾杯の音頭が上がる。
 師匠の料理は相変わらずどれも絶品で、余るどころか足りないくらいだった。争奪戦のようなご飯が終わって、師匠がケーキを出してみんなでゆっくりそれを味わってる時に、不意に呟いた師匠の一言に沈黙が舞い降りた。
「こんなににぎやかな夕食、いつ振りだろう」
 師匠には、家族がいないらしい。そのうえ、ここ数か月は職務に追われ、ろくに食事もとれなかった日々が続いていた。今日は、ゼロさんの戴冠式も終わって初めて、師匠が早退を勝ち取ってこれた日だった。
「確かに……こんなごちそう食べたの初めてかも知れない」
 トマス君も、ぽつりとこぼした。
「穏やかっスね……こんな夕食もあるなんて知らなかったっス」
「そう、だね」
 ジェイミー君も、ゼロさんも、笑顔だったけど、何処か寂しげだった。
 トマス君はサシュ公国の路地裏で盗みを働いて食いつないでいたらしい。ジェイミー君は孤児院で育ったらしい。ゼロさんも、王子という立場に生まれていろいろあったのだろう。
 大勢で食卓を囲み、騒ぎながら笑いながら食事をとる経験を彼らはしてこなかったのだろうか。すでに、食卓には笑顔と喧騒が戻っていたけど、僕は何処かおいて行かれたような気持ちになった。
 故郷にいる、家族を思う。僕を大切にしてくれた人々を思う。その愛を、彼らに返せたらと思う。
「サニー君? どうしたの? おなか痛い?」
 よほど暗い顔をしてたのだろう。師匠が僕の顔を覗き込んできた。みんなも、心配そうにこっちを見てる。
 あぁ、こんなんじゃダメなのに。笑ってなきゃダメなのに。幸せを、あげたいのに。幸せになってほしい。幸せに、なってほしい。
 そう思う半面、無意識のうちに僕は師匠に抱き着いて泣いていた。一瞬師匠の体が硬直した後、ゆっくりと僕の背中に腕を回してくれた。ぽんぽん、とあやすように背中をたたかれる。僕が、この人たちに幸せをあげたいのに、この人たちは何でもないように僕に幸せをよこすんだ。
「今度は、ウォルターさんやキイス君、ルイスさんにケイティさんにカーン君……俺が主役のパーティとかじゃなくて、みんなでご飯を食べようね」
「さすが兄貴! 名案ッス!」
「ルイスはいいよ……絶対連れ戻される」
 みんなが近くに来る気配がしたと思ったら、温かいものに包まれた。それがみんなの体温だと気づいたらさらに涙が込みあがってきた。
 今まで僕は、幸せに包まれた世界で生きてきた。何も心配のない、暖かな世界で生きてきた。それがなんだか情けなくて。僕はいったい何を見て生きてきたのだというのだろう。
 ただただ、この世界がこの人たちにやさしくあるように僕は祈ることしかできなかった。

++++++
幸せネルガル団!!!

サニー君以外は普通の幸せと縁がなく育ったんじゃないかという妄想。
サニー君は幸せの塊という願望。サニー君可愛いよサニー君!!

モドル

「#甘甘」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -