そう、例えばの話をしよう。ん、あぁ、本当に例えばの話。くだらないもしも、IF、想像の世界さ。だからそんな、ね、警戒しないでよ、さすがに俺でも傷ついちゃうなぁ。え、なぁに? 御託はいいからさっさと本題に入れって? ふふ、言葉にしなくても表情に出てる。君はもうちょっと表情に気を使うべきだね。まぁいいや。それで、その例えばって言うのが、もし、俺が、死んだらっってこと。え、ちょっと、死ぬ予定でもあるのかってそんな嬉しそうな顔しなくてもよくない?! 本気で傷ついちゃったよ俺! 別にそんなことは無いからね! ほら、俺ってば名前を出すのも胸糞悪い池袋の化け物としょっちゅう戦争じみたことを繰り広げてるじゃない。それが終わりを迎えたとき、池袋はどうなるのかってちょっと寝る前によぎったんだよねぇ。相当暇だったんだろうね、その時の俺は。今思い返すとすっごくくだらないんだけど、君との世間話にはちょうど良いかなって。あ、いますっごくめんどくさそうな顔したね。本当に酷いなぁ。んーはいはい、結論ね。そんなに俺の話聞きたかったの? 気づかなくてごめんね、ふふ、嬉しいなぁ。そう、それで、結論だっけ。結論としては、化け物も、君も、首なしライダーも新羅も含めて池袋は変わらないんだろうと思ってさ。そりゃぁ、最初は話題に上がるだろうね。一応俺も有名人だから。でも、それも一過性のものだ。いつかは俺の存在なんて池袋の人々の記憶から消え去って、新羅とか、ドタチンとかですら、俺をきっと過去にする。それで、そう、きっとあの化け物なんて俺が死んだ次の日には俺のことなんてきれいさっぱり忘れてるんだろうなって思ったら、やっぱり死にたくないなぁって思ったよ。


 そこで、ようやく目の前の黙っていれば危うい雰囲気のモデル顔負けのまさに眉目秀麗なのに、中身がとても残念なこの男は息をついてコーヒーを啜った。
 この人は、普段、とても自信過剰なのに、そう、ウザイほどにナルシスト染みているのにもかかわらず、変なところでネガティブだ。今だって、きっと寝る前にふと過ったことを暇つぶしに僕に話してるわけではなく、僕の予想に過ぎないけれど、そんな夢を見たんだと思う。それで、不安になって、たまたまチャットにいた僕を呼び出して話をしたんだと思う。
 なんとなくだけど、ちょっと自信がある。だって、いつもなら作っている、と理解できるのにそのことが自然に見えるはずの彼の笑顔が、不自然だ。珍しいこともあるもんだなぁ、と僕は奢ってもらったオレンジジュースを吸い上げながら思う。
 じぃっと、彼の薄暗い瞳が僕のほうを伺っている。
 あぁ、いつもの御託を並べられてもウザイけど、こうやって落ち込んでたら落ち込んでたでウザイんだな、この人は。と思いつつ、僕はため息をつく。
「大丈夫ですよ。あんな戦争染みたことをわざわざ仕掛けに行くような人がそう簡単に死ぬとは思えませんし。貴方なら、殺しても、死ななそうじゃないですか」
「本当に君、俺に対して遠慮がなくなってきたよねぇ」
「遠慮して欲しいんですか?」
「いや、あのころのびくびくと俺に怯えてた可愛い君がちょっと懐かしくなっただけ」
 そういうと、ようやくこの面倒な男はいつものように笑った。


 それが、今日の放課後の出来事。
 家に帰って、臨也さんの言葉を反復してみる。たとえば、臨也さんが死んだとして。
 そこまで考えてみて、やっぱり臨也さんは変なとこでネガティブだと思った。
まず、彼が死んだら僕を含め彼を少なからず知っている人はそれを信じないと思う。今度は何をやらかすつもりだと疑問に思って、警戒して。それで、いざ、色白の熱を失った臨也さんを目の前にして、ようやく僕らは現実を思い知ることになると思う。何故だかはよく知らないけど、臨也さんは多くの人から嫌われているみたいだから、まず、祝杯がところどころであがると思う。
それから、セルティさんや新羅さん、門田さんみたいな臨也さんと交流のあった人たちは少なからず彼の死を悼むはずだ。過去になったとて、おそらく誰よりも鮮やかに彼らの記憶に残るはずだ。
それから、人々は、確かにすぐに臨也さんを忘れるだろうけど、ちょっとした都市伝説として名を残すのではと僕はちょっと思う。
僕は多分、臨也さんの言うとおり、すぐに彼を過去にして、日常を送ると思う。我ながらちょっと薄情かもしれない。あ、でも、彼が死んだらあのチャットルームは誰が引き継ぐんだろう。そうだ、彼が死んだらあのチャットルームの騒がしい管理人が二度とログインしなくなるのか。それは、ちょっと、かなり、寂しいかもしれない。
前言撤回。多分僕は、あの騒がしい管理人を忘れられずにきっとチャットルームで彼女に扮した彼を待ってしまう気がする。
最後に、静雄さんだ。静雄さんはきっと、誰よりも彼の死を信じないと思う。次の日だなんてとんでもない。もし、彼の死因が静雄さんなら、刑務所の中で静雄さんは臨也さんを思い出して、一人でキレて、でも、臨也さんはもういないからきっと、寂しくて死んでしまうに違いない。
 彼の死因が静雄さんで無いならば、セルティさんや静雄さんといつも一緒にいるあの人とか、サイモンさんとかいろんな人がきっと静雄さんに気を使う。でも、静雄さんはきっと臨也さんの死を受け入れられずに、最近ノミ蟲こねぇな、いいことだ、だなんて呟いて、一人、池袋の町で彼を待つのだと思う。
 案外、彼が回りに残すものは多いように感じる。
 
ふ、と。僕は臨也さんの話を聞いてるときに立てた予想に疑問を感じる。臨也さんは、自分が死んだ夢を見たくらいで、僕を呼び出したりするだろうか。
僕に会うのが池袋に来るための口実だったら?
あの人は本当に面倒な人だから、理由が無ければ池袋に来れない。どんな些細なことでもいい。彼が池袋に来るには言い訳が必要なのだ。
 だから、きっと、夢の中で死んだのは臨也さんでなく、静雄さんだ。静雄さんが死んだ夢を見て、きっと自分だったらどうだったのだろうと考えて、現実を見るために、池袋に来て、その口実に僕を使った。うん、多分こっちの方が正しい。

 たとえば、静雄さんが死んだとして。
 臨也さんが死ぬこと以上に現実味の無い話だけれど、多分、静雄さんが死んだら、素直に悲しむ人が多いんだろうなぁと思う。あの人は、自分で思うほど、人から距離を置かれていないんじゃないかとちょっと最近思った。
 なんだかんだで、あの人を町で見かけるときは周りに誰かがいる。それは、彼に敵意を向けるものだけではなかったと思った。
 でも、やっぱりしばらくは静雄さんが死んだことなんて信じられないんだろうなあと思う。
 セルティさんとか、きっとすごく落ち込んでしまうと思う。ドレットヘアーの静雄さんの上司も、彼のために泣いてくれるはず。静雄さんの家族のことは知らないけど、きっとすごく悲しむんじゃないかと思う。
 あ、臨也さんはどうだろう。臨也さんの家族ってちょっと想像できなかった。
 それから、池袋の喧嘩人形は絶対都市伝説となって語り継がれるはず。むしろちょっと僕が語り継ぎたいくらいだ。だって、臨也さん相手に自動販売機投げつけたり、標識振り回したり、ちょっと、すごくかっこいいと思うんだ。あの憧れの姿がなくなってしまうのは、惜しいなぁ。
 それから、臨也さん。死因が臨也さんだった場合、彼はきっと決定的なことを言わなくても、自慢げに、楽しげに、彼の死を喜ぶに違いない。それから、池袋に言い訳なしでしばらく来た後、多分臨也さんは池袋に本当に用事が無いと来なくなるはず。
 死因が彼の息のかかっていない偶然だった場合、あんまり考えられないけど、臨也さんは表面だけで喜んで、静雄さんの死因に報復をする。そして、死因が臨也さんであろうと無かろうと、きっと臨也さんはタバコを吸い始めると思う。
 静雄さんと同じ銘柄のタバコをふかす彼の姿は、きっと、今日みたく不自然に違いない。

 それから、そうだ。
 たとえば、彼らのどちらかが死んだとして。
 池袋の彼らの戦争に決着がつく。自動販売機が飛ぶことは無いだろう。もしかしたら誰かが標識を引っこ抜かせることはあるかもしれないが。鮮やかなパルクールを見かけることもきっと無くなる。池袋は平和になる。そんな戦争などまるで一度も起こらなかったかのように、日常に飲み込まれていく。

 そこまで考えて、僕はメールの作成画面を開いた。
 たとえば、貴方が死んだとして、池袋はちょっとつまらなくなると思います。たとえば、彼が死んだとして、貴方はちょっとつまらなくなると思います。
 それだけ打って、あの面倒な大人に送りつけた。



モドル

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