「ねぇ、デリック。似合う?」 それからまた数日。日々也は、今時の若者が着るような服を着てデリックの前に現れた。 くるりと一回転して二コリと笑う姿は、愛らしく、無邪気だ。それこそ、まるで御伽噺の王子様が、現代の服を着て現れたかのように。 複雑な気持ちで、デリックがうなずくと、日々也は嬉しそうにさらに笑顔を深める。そして、言うのだ。 「よかったぁ。変な格好だったら、俺のお姫様も興ざめしちゃうもんね」 いま、こいつは、なんと言ったか。 日々也の笑顔に、言葉に、デリックの思考回路が乱される。日々也が突拍子も無いことを言うのはいつもと変わらない。変わらないが、日々也の瞳はキラキラと、まだ見ぬ恋に輝いているようで。 まだ、見ぬ、恋。 「臨也君にね、相談したんだ。王子である俺に足りないものはお姫様だって。だから、お姫様を探しに行きたいって。そしたら、服を手配してくれたんだ。これを着て、探しに行くと良いよって。臨也君は、俺の成長を祝福するって」 妙に嬉しそうにする日々也にデリックはどうしていいかわからなかった。ただ、日々也の性格ベースが御伽噺の王子様だということを思い出した。 日々也は王子だから、お姫様を探しに行ってしまう。それは、彼の成長だから、俺は喜ばなければいけない。 デリックのAIがそう判断を下すものの、何故か行動に移せない。 「じゃぁ、行ってくるね?」 そういって、玄関を飛び出す日々也を見送るのがデリックにできるすべてだった。 折原臨也は新宿、池袋界隈を縄張りとする情報屋である。人でなしのろくでなし、最低な人間と悪評高い彼は、新宿や池袋、またはそういった世界では有名人であれど、東京のはずれにくればただの眉目秀麗な青年なのだ。日々也は、そんな彼がモデルである。つまり、結果から言ってしまえば、東京のはずれにおける彼のお姫様探しはとてもスムースにことが運んだ。 「デリック。俺のお姫様」 そういって、日々也はデリックに黒髪の清楚な少女を紹介した。眉目秀麗な青年と清楚な少女はお似合いだった。一目見たときに気づいたよ、彼が俺のプリンセスだって、と惚気る日々也の声はデリックには届かない。 ここにきて、デリックはようやく自身の身体を震わす恐怖の正体を突き止めたのだ。 デリックは、日々也の世界に己以外の誰かが入り込むことに恐怖していたのだった。 それに気づいたデリックの行動は早かった。デリックのモデルは、折原臨也の天敵、池袋の有名人であり喧嘩人形と評される、誰よりも名前負けしている男、平和島静雄である。彼はその怪力から恐怖の対象として池袋では遠巻きにされているが、折原臨也と同じく、東京のはずれに来てしまえば彼はただの精悍な顔をした青年であった。デリックはそれを知っていた。だからそれを利用した。デリックの性格ベースはホストである。何をして、何を言えば女性は喜ぶのか、彼は考え、行動し、日々也のお姫様を盗っては手酷く捨てた。 「てめぇがあのわがまま王子のオヒメサマだぁ? 勘違いしてんじゃねーよ、顔が良けりゃ誰だっていいんだろうが雌豚が」 傷ついた少女の表情に、己の行動に、良心の呵責があったかといえば、確かにあった。しかし、そのたびにメモリーが再生されるのだ。変化することは当たり前なのだと言った、所有者の言葉が――。 ”ためらうことは無いんだよ” 耳にこだまする甘い声に突き動かされるようにデリックは少女の顔を踏み潰した。 最初の一人目を潰し、デリックがそれを日々也に報告したとき。日々也は酷く泣いた。 「あの女は、お前のお姫様にふさわしくない」 そう言ったデリックを手酷く罵った。何でそんなことを言うのか、何で彼女が離れていくのをとめられなかったのか、自分は王子ではないのか、日々也は酷く困惑し、デリックを呪った。 二人目のときは、日々也は酷く落ち込んだ。やっぱり自分は王子ではなかったのかもしれないと思った。 三人目のとき、日々也は気づいた。デリックが日々也を抱きしめ言うのだ。 「俺だけで、いいじゃないか」 不安を日々也と共に抱き潰すかのようにぎゅうぎゅうと抱きしめて、デリックは呟き続ける。 「俺はお前だけで良い、お前にも俺だけで良い、だから俺は俺とお前以外を排除したんだ。俺はそう望んで、そう成長したんだ。なぁ、日々也お前ならわかるだろ? 俺の変化を受け入れ、祝福してくれるだろう?」 自分は間違っていたのだと日々也は思い知らされた。自分にとってのお姫様はここにいたのだ。それは、甘い甘い快楽。どの少女をお姫様として自分の隣に置いても、得られることの無かった幸福感。自分のために、他人を踏みにじるデリックの愛に日々也は溺れた。自分のためならデリックはいくらでも他人を酷い目に遭わせることができるのだという毒をはらんだ甘い蜜に溺れていった。 四人目からは、楽しかった。日々也がお姫様を作るたびに、デリックは日々也のお姫様を奪い、手酷く捨てる。デリックがお姫様に向ける憎悪の視線に快感を憶え、デリックに傷つけられた少女の存在に日々也は幸せを感じた。 「いい加減、諦めてくれ。お前にお姫様は必要ないんだ」 いなくなったお姫様に傷ついたふりをし、デリックに抱きしめられながら、日々也はうっそりと微笑んだ。 モドル |