さよならシスター

これは夢だ。と思う時ってないか?
今まさにそんな状態なんだ。目に優しくない赤い一面の壁に危険を示すような黄色と黒のボーダーの床、お気に入りの音楽グループのミュージックビデオのワンシーンに出てくる部屋だ。そして極めつけには先日自殺を図ってそのままポクリと死んでしまった妹。
(夢か。)
さすがに幽霊なんかを信じるような年齢じゃない。むしろ幽霊であったならこんな意味の分からない部屋に連れて行かないし、何より妹はこの音楽グループが嫌いだった。
白い夏仕様のセーラー服を着ている妹は、笑顔を向けている妹は、まぎれもないこの俺の妹だった。

「お兄ちゃん、久しぶりね。元気してた?」

「…唐突にお前が死ぬもんだから、皆呆然としていたぞ。母さんなんて卒倒だ」

まぎれもない俺の妹だったからこそ、これは夢なのだと諦めがつく。コイツは本当に死んでしまったんだ。目の前でコイツがコンクリートの地面にぶつかる瞬間を見てしまったんだからな。

「あはは、母さんならそうなっちゃうね。悪いことしちゃった。お父さんは?」

「父さんは…なんというか、唖然って感じだな。本当にいきなりすぎて、いつもどおり過ごしてるよ。…まあ、現状が把握しきってないんだろうよ」

あらあらと驚いたように妹は開いた口を隠すような手振りをする。

「お兄ちゃんは?」

肩よりも少しだけ伸ばした黒髪をさらりと流す。普段となんら変わりのない表情は到底自ら死んでしまうような顔ではない。
妹の質問に俺は言葉を詰まらせる。返答を待つ妹の瞳は全てを吐けと言わんばかりで。

「どうにもこうにも…驚くだろ」

「それ以外の感情は?」

「…悲しい、とか」

「とか?」

「……ごめん、って気持ちだったり」

「なんで?」

問い詰めるように妹は質問を続ける。こいつは俺に何を言わせたいのだろう、むしろ、こいつは俺に何を言いたいのだろう。
妹のなんでという質問に答えることができない。確信がないからだ。もしかしたら冷蔵庫に取って置いてあったケーキを食べてしまったからではとか、勝手に妹の部屋に入ってしまったりとか、妹の友人から告白されたのを断ってしまったからとか。原因になるものを上げていけばキリがない。そんなもので妹が死ぬなんて全く思ってはいないが。

「ねえお兄ちゃん。なんでごめんって気持ちになっているの?」

しかし、そんな原因になるものの中で一つだけ。一つだけ引っかかっているものがあった。
告白を断った後、妹に問い詰められたことがある。内容は勿論好きな人でもいるのかというものだった。今思えば、妹の様子が少しおかしかったような気がするが後の祭りというものだ。
俺は適当に年上が好みだという理由を妹に伝えた。すると妹は何か考えるように黙った後、そのまま部屋に篭ってしまった。
そして一週間もしないうちに自殺。勿論これが原因とも言い難い。しかし今でも心に引っかかっているものでもあった。
妹の質問に黙っていると、遠いところを見るような目で俺を見つめた後、静かに妹は口を開いた。

「お兄ちゃん、輪廻転生って知ってる?」

「死んでもまた何らかの生物になるってやつか」

「大体そんなイメージでいいよ。私、それがしたくて。全く違う人生をするなんてワクワクしない?」

…呆れた。こいつは自分の好奇心のために死んだとでも言いたいのだろうか。いじめの問題があったのではとか考えていた俺たち家族を含めた周りが知ったらどうなるのだろうか。夢のことだから誰も信じちゃくれないだろうが。

「そんな理由かよ…くだらねえ……」

「あ、馬鹿にしたね?これは半分の理由。もう一つは私が先に輪廻してしまえば後に輪廻するお兄ちゃんの年上になれるでしょ」

「…は?」

「私はお兄ちゃんを異性として愛しています。こういえば理解できるかなあ。私、ずっとずっとお兄ちゃんと結ばれたかったの。…気がつかなかったの?」

衝撃、というより聞きたくなかった真実を聞かされた気分だ。気がつかなかったのだって?そんなこと気がつきたいわけがないだろうが。
妹が嫌いなんじゃない、むしろ異性として見てしまう時があるのは否定しない。しかしそれでも俺たちは兄妹なのだ、その事実だけは逃げることができない。俺は妹より常識の方が大切だ。

「…そんなことのためかよ」

吐き捨てるように俺は妹の言葉を否定した。何事も完璧にこなす自慢の妹がそんなことの為に友人を、家族を、自分の命すらも捨ててしまったというのか。

「そうだよ、お兄ちゃんが私より常識を取ったその逆。私は愛のために常識を捨てたの」

全てはお兄ちゃんと結ばれる為。妹はそう言った。愛の為なんて到底理解ができなかったが、俺は妹に質問する。

「それは、俺がどんな存在になっていたとしてもか」

「蛙だって愛するよ」

「お前がどんな姿でもか」

「生物として違っていても愛し合うことはできるよ。それに、どこにいたって私はお兄ちゃんを見つけてみせるんだから」

「…ならやってみろよ」

俺が死んで、俺が輪廻転生とやらを受けて別の生き物になったとき、先に転生していたお前は俺を見つけて捕まえることができるのか。
記憶なんてない可能性の方が高いそんな中で俺を見つけられたなら。

「そん時はお兄ちゃんも常識とやらを捨ててやろうじゃねえの」

妹に笑いかける。驚きを隠せない妹の表情は、これが夢なのだろうかと疑いたくなるほど今まで見たこともないくらいの驚きようだった。

「いいの?」

「おう、輪廻またいで俺を捕まえてみろ。死んで夢にまで出てきたんだ。それくらいできるだろ」

「…私しつこいからね」

「もう証明してるじゃねえか。ほら、さっさと出てって輪廻巡ってこい」

手で払う仕草をして俺は妹から背を向けて歩く。どうせ夢なのだ。適当に歩いていれば覚めるだろう。
いつまでも続く気がしてならない広い部屋を歩いていると、後ろから大きな声で妹が叫ぶ。

「絶対だからね!見つけたら絶対に抱きしめてキスして私の人生をかけて愛するんだからね!!」

「おーおー。覚悟しとくから起きさせろ、明日はお前の葬儀なんだからよー」


妹の気配がなくなったと感じた時と同時に、目覚ましの音が俺の耳を支配した。
俺が死ぬまでは時間がかかるが、精々別の人生で楽しんでろよ。
妹のことだ、先走りしすぎて俺の子供として生まれたりとかするかもしれない。そうなったらどうなるのだろう?「こんなはずじゃなかったのに!」とでも言って嘆きそうだ。
ありもしない輪廻、ありもしない夢での約束。それを守って生きるくらいはしてやるか。
そんなことを思いながら、妹の葬儀の準備を手伝いに部屋を出る。

妹の人生はまだ始まっていないのだ。

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