エンターテイメント 時計は深夜2時を指している。今日も憂鬱な仕事の時間がやってくる。 気分は最悪。 元々俺には性にあっていない仕事なのだ。そんなことを言い始めた時から大体5年近く経ってしまうのだが。 睨みつけるように時計を見つめていると、同僚のヨシツネからの電話がかかる。 「起きてるか。仕事の時間だ」 俺が一度も仕事に遅刻したことがないのを知っているくせに毎回毎回ヨシツネはこの言葉をかけてくる。意図しているのかどうかは定かではないが、こちらの憂鬱とした気分を拭い去ってくれてありがたい。 「ああ。起きている…何処にいる?」 「目標の家の前だ。もうそろそろ家から出るはずだ」 「そうか」 窓へと近づき閉じていたカーテンを少しだけ開けてみる。向かいの家の電柱に携帯電話を持っている白いレインコートの男が一人。 男がこちらに気がついたようで携帯を掲げる。 「確認した。今日の「設定」はなんだ?」 「今日、いやこれから何件かの仕事は「白いレインコートを着ている、拳銃と包丁を持っている男」だ」 これからと言われ仕事が連続になることを予想してため息が出る。 来たぞ、と電話で合図がかかる。もう一度ヨシツネがいる場所を見る。ヨシツネとは別の茶髪の女が向かいの家から出てきた。 女はヨシツネとは反対方向の道へと歩いていく。声をかけようと携帯を耳に当てるがすでに電話は切られていた。 ヨシツネが女に気付かれないように歩いていくのを確認しつつ、俺はいつもどおり仕事の準備をする。憂鬱な気分は既にない。 仕事をしなくていけない義務感だけが心を埋め、望遠カメラを手に持ち、女とヨシツネに焦点を当てる。 ヨシツネが素早く女に近づき背後から包丁で切りつける。 シャッターを押す。 致命傷ではないため、女はヨシツネの方へと振り返る。悲鳴を上げようとするが、ヨシツネは女の首元を切りつける。赤い血が勢いよく女の首から噴出す。 シャッターを何回か押す。 女が倒れこむ前に一突き、心臓に向けて包丁を突き立てる。女に包丁を突き立てたままヨシツネは女から離れる。 …シャッターを押す。 絶命したと思われる女の姿を何枚かカメラに収める。カメラを仕舞うと、電柱の方へと歩いているヨシツネから電話かかる。 「撮れたか?」 「ああ、上手くいった。…目標は、やっぱり」 「死んでいる。仮に生きていたとしても出血量が多い…時間はかからないだろう」 写真を撮った後、毎回確認することだ。ヨシツネに限ってしとめ損ねることはないだろうと思いつつ、確認しないと気が済まない。 ヨシツネからの言葉を聞いてようやく、自分がしたことに対しての罪悪感というものが現れる。こちらの沈黙から察したのか、ヨシツネは諭すように声をかける。 「何度も経験していることだろう。…それにまだ仕事は残っているだろう」 「わかっているさ…切るぞ」 「頼んだぞ、アキクニ」 電話が打ち切られる。俺は息を整えてもうひとつの携帯を取り出す。ダイヤルは警察…コール音が少しだけ響く。 電話が取られ必要最低限の言葉を並べる。 「女性が倒れている。救急車も必要です。場所はミナモト町3丁目1番地」 それだけを言って電話を切る。これなら今日の朝にはニュース番組で取り上げられるだろう。 エンターテイメント。社会における話題性の提供。これが自分達の仕事だ。 社会が話題を必要とした時、俺達は行動する。俺達が動いていることを悟られず、誰か、頭のおかしい人間の行動として社会の話題として載る。 時には政治的な話題逸らしのために動くことだってある。 我ながら頭のおかしい仕事だと感じている。しかし、それで生きていける人間も存在していて、実際に社会はエンターテイメントを求めている。 おかしな話だ。 そう考えながら帰る仕度をする。先ほど撮った写真をネットに流す作業が残っている。その手に疎い俺ではできない作業なので他の者に頼むしかない。 「人は話題を常に求めている」 俺をこの仕事に引き込んだ男はそう言った。何を言いたいのか分からなかった。 男曰く、人は何か刺激的なものを本能的に求めていて、非日常的なものと自分が置かれている状況を比べ、安堵し、悦に浸るそうだ。 なるほど、と思ってしまった。 写真を撮ることしか能のない俺は、男の誘いに乗り、この仕事を続けている。 誰にも悟られないようにと、適当なスタジオを紹介してくれた男には感謝をしつつ、なぜ俺が?と言う疑問を男の投げかけたことがあった。 「私はお前の写真が気に入っている」 それだけの理由だったそうだ。 写真を撮る身としてはこの上の無い褒め言葉だが、どうにもこの男は胡散臭く、好きにはなれない。 朝になり、自分が撮影した写真が世に出ることに小さな喜びと後ろめたさを感じながら、誰もいない部屋を後にする。 憂鬱な時間は終わった。 「三崎さん三崎さん!見ました朝のニュース!?」 後輩に当たる平坂がツイッターを見せながら俺に話しかける。写っている画像は女性が血まみれになっている画像だった。 「……人が飯を食っている最中に見せるもんじゃないぞ、平坂」 「あっすみません興奮しちゃって…でもすごいんですよ!ネットでも話題になっていて、この写真を撮った人間を警察も捜しているみたいで!だってこれめちゃくちゃ綺麗に撮れてて計画的なんじゃないかってスレでも言われてて!」 「そうかそうかよく分からんが。まだ撮った人間も犯人もまだ捕まっていないんだろう?」 平坂は唸りながら腕を組んで頷く。 「そうなんですよねえ…犯人の身なりからして結構目立っちゃう気がするんですけど、目撃情報はネットで上げられたこの写真だけなんですよ。なんか怖いですよねー」 平坂はまだネットがうんたらツイッターがどうだの話しているが、俺はネット上に流れた自分の作品を見つつ、明日か今日にでも送られてくる仕事のメールについて考えていた。 社会は人殺しを求めている。 ヨシツネが常日頃言っている言葉が、頭によぎる。それが本当かは分からない。 ぼんやりと平坂のスマートフォンを見ていると、携帯の着信音が響いた。ショパンの革命。仕事のメールが早速来たようだ。 「意外と、こういうのは誰かが流れを考えて作っているかもしれないな」 メールの内容を確認して、携帯を閉じる。 それが神かあの男かは俺が知ることではないが。 まるで創世のようだと寄り道をするように考えつつ、日常に戻った。 [目次] [しおりを挟む] |