07
「君は、何処まで知ってるの?」
それぞれの分担を決め、ファイター達が出払った屋敷を進みながら、子リンは振り返ることなくカヌレにそう問う。
「貴方たちの存在そのものの危険性を少々、かしら」
危険性、という言葉に子リンは一瞬足を止めた。再び歩き出す背中を追いつつ、カヌレは言葉を続ける。
「貴方たちはそれぞれにパラドックスを内包していて、お互いのそれを許容することで共存し合っていたのでしょう?」
剣に認められたが為に時間を駆け上った17の過去と、時を巻き戻したが故に産まれた12の未来。
救われた姫君の優しい願いは世界から勇者を失わせ、勇者に倒された筈の魔王からも破滅の要因を奪った。
マスターハンドの理は、その全てを個々として存在させるもので、だからこそ互いの存在を否定し合ってしまった四人が同じ世界に存在し続けることが出来たのだが。
「誓って、クレイジーハンドが意図したところでは無いのだけれど」
イレギュラーによる理の変換に対抗する為クレイジーハンドが異界に求めた力の中には、既存の理の強化や上位置換に近いものが含まれていた。
既に揺らいでいた状態でその力を受けた彼らの理は、主神の意志に応えるべく元となる世界から『物語の続き』を呼び寄せた。変化に対抗しうる結末を持つ未来を。
「未来がひとつに定められてしまうと言うことは、貴方たちの誰かひとりを選ぶと言うこと」
「…僕たちが、統合されるってこと?」
「起点とするひとりに合わせて、在るべき形へ変換されると言った方が正しいわね」
続きに対応できる者のみが残り、他は存在を書き換えられる。矛盾を孕む故に生まれた問題。だからこそ打たなければならない、一手。
「ここだよ」
案内された扉の先に待っていた、過去であるリンクは、青白い顔をして手足は透き通っていた。
「僕が消えるのは別にいいよ。でも、ゼルダに何か起こるなら、何とかしたい」
事情を聞いたリンクは戸惑い無くそう言い切った。途端火の付いたように抗議するナビィを抑えつけ、真剣にカヌレの言葉を待つ。
呆れたように溜息を吐く子リンを視界の端に収めながら、カヌレはほんの少し苦笑を乗せて。
「ならば余計に、貴方が消えてはいけないわ。ゼルダ姫の変換は始まっているもの」
容姿の変化は始まりに過ぎない。このまま進行すれば、彼女は全く別の存在へと成り代わってしまう。
今のゼルダが立つ物語の枝はリンクから始まるものだ。しかし新しく選ばれたのは子リンを始まりとする物語。その先に在る「リンク」にとって、ゼルダは彼女ではない。
ならばゼルダを今のまま留めるには、リンクの物語を「リンク」に繋げるより他には無い。その為には当然、リンクに消えて貰っては困るのだ。
半ば説得となったカヌレの説明にリンクが納得したところで、代わりに疑問を述べるのは子リン。
「物語を繋げる、なんて簡単に言うけど、手はあるの?マスターも居ないのに」
「ええもちろん。実を言えば、種は蒔かれているの」
クレイジーハンドが開けた扉を潜り抜けた「リンク」は二人。それをカヌレは知っていた。片方が選ばれた為にもう片方が消えるなら、両方を繋げてしまえばいい。
「もう一度、パラドックスを起こすのよ。彼の先の勇者様を貴方が導いて。貴方の先の勇者様は、そうね、ナビィちゃんお願いできる?」
任せて!と瞬くナビィと、申し訳なさそうに頭を下げるリンク。己のことは己で成し遂げたいに違いなかったが、生憎リンクは動けるような状態ではない。
ともすれば無理矢理にも飛び出しかねないリンクをやんわり抑え、小さな子供にするように髪を撫でつけカヌレは笑った。
「気にすることないわ。私はそのために呼ばれたんですもの」
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