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  09


翼が空を切る。ピットは降下する勢いのまま、滑るように空を駆けた。
ひとまず彼が目指すのは件の闘技場である。生存者どころか、闘技場が存在しているかすら分からなかったが、他に彼は手掛かりを持たないからだ。ともかく、少しでも情報が欲しかった。

暫く順調に空を飛んでいたピットだったが、ふと、翼が重くなるのを感じ、一旦足場になりそうなところへ降りる。
己の背を確認すると、翼が纏うべき光が酷くか細くなっていた。翼の光は女神の加護である。光満ちた天界ならばいざ知らず、下界で女神の加護を失くせばピットは飛ぶことすらままならない。

女神の元を離れたが為に光が消えたにしては、あまりにも早すぎる。何者かが女神の力を阻害しているに違いなく、それを成せるのは強大な闇の力に間違いない。


「…思ったよりも、状況は悪いみたいだ」


思わず尻込みしそうになる思考を振り払い、ピットは再び飛び立とうと翼に力を込める。



その瞬間、雲が動いた。



雲を突き抜けて、せり上がってきたのは黒い巨体だった。
甲板に備えられたいくつもの砲台、船尾より伸びる蝙蝠を模した翼、船体に纏わりつく禍々しい黒雲。闘技場を襲った、あの戦艦!


「何で…!?」


ピットが驚き瞬く間に、戦艦に纏わりついた黒雲から例の粒子が降り注ぎ、次々に闘技場に現れた人型へと成り変わった。それらはピットを認めると一斉に襲いかかってくる。
考える間も無い。すぐ様構えたピットは立ちふさがる人型を薙ぎ倒しながら、戦艦を追って駆けだした。





固い雲の道を踏みしめ、時折飛びながら、ピットは懸命に戦艦を追った。
戦艦そのものは雲に隠れてしまったが、船の航跡からは人型や、どこかそれに似たものたちがどんどん溢れてくるので追跡自体は出来た。そして当然ながら、それらとは戦わなければならない。

神弓を解いて双剣と成し、近付く敵を片っ端から斬り倒してどれ程か。ピットの表情には疲労と、何より焦りが浮かび始めていた。

戦艦を追うほどに、パルテナの加護が薄れていく。如実に翼は重くなり、今はまだ辛うじて羽撃けるものの、風を孕むには程遠い。飛べなくなった分速度も確実に落ちていた。
じわり、じわりと戦艦との差が開き始めている。このままでは、見失う。


「ああもう…っ!邪魔っ!!」


みすみす逃すくらいならと、ピットは賭けに出た。
双剣を再び弓へと戻し、前方の敵だけに的を絞って斬撃を放つ。行く手を塞ぐ一団が吹き飛んだ隙に、加護の光を翼へと集め滑るように飛び出した。
イカロスの翼と呼ばれるその光は翼により強い力を与えるが、長時間保つものではない。この状態でどれ程まで飛べるか。もしも追いつけなければ、状況はより悪いものになる筈だ。
新たに生まれる人型たちの攻撃を躱し、受け流し、ピットは只管前に進む。

その進路の右手で、きらりと金が煌めいた。


余所見などしていられない。それでもピットがそれを視界の端で捉えたのは、その金色に、或いは金に続く灰色の像に見覚えがあったからだ。闘技場から砲弾で吹き飛ばされた、マリオのフィギュアがそこにはあった。
助けるべきか。そうすれば、きっと艦には追いつけない。けれど彼を助けれられれば、強い味方になるのではないか。



考える間は無い。ピットは進路を外れ、金のプレートに手をかけた。







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