08
闘技場の襲撃は、大胆でありながら極めて密やかであった。目撃者を全て呑み込んでしまう亜空の特性は、襲撃も、闘技場を襲うまでの過程ですらも隠蔽してしまっていたのだ。
世界の大部分は未だ危機を知らず、スマッシュブラザーズですら、自分たちが襲われるまで察知出来なかった侵攻。
偶然にも、それを知りえた者が、いた。
「大変だ…!」
彼は光の女神・パルテナに仕える天使の長の一、親衛隊長に座する天使。名をピットと言う。
天界でも屈指の勇士であるピットは下界の多種多様な強者たちに憧れており、然れど親衛隊長であるが故に気安く天界を離れることは出来ない。
それを申し訳なく思った女神パルテナは、ピットに、己の持つ鏡に下界を映すことを許していた。
この日もピットは、鏡の間で下界を覗いていた。
彼がとみに好むのは、この世界で最高峰の戦士が集うスマッシュブラザーズの試合である。鏡は彼の望みに応え、その日乱闘が行われたあの闘技場を映し出した。
そして起こった襲撃。爆発。…消滅。
「奴らは一体…いや、それよりも、会場にいた人たちは…!?」
元より守護天使の身の上である。叶うならば、すぐにも現場へ飛び助けられる人が居ないか探したい。或いは、犯人を捕まえ次なる悲劇を防ぎたい。
しかし。
「僕は天界を離れる訳にはいかないし…」
犯人の凶刃が、もしもパルテナへ向かったら。
もしもの時に親衛隊長である自分が居なければ、女神に危険が及ぶかもしれない。イカロスたちを信頼していない訳ではないが、彼らと自分では戦闘力に大きな開きがあるのも事実だ。
そもそも、彼が天界から降りる為には女神の加護が必要なのだ。そうでなければ、降りたところで力を発揮することは出来ない。だが、この有事に、自ら女神の傍を離れるなど。
『お行きなさい、ピット』
拳を握りしめるピットに、凛とした声が掛けられる。
はっとしたピットが振り返り、跪くと同時、部屋内に生まれた光が女神を形取った。声の主は、彼の仕えるパルテナその人であった。
女神は顔を上げたピットの強い視線に頷き、手のひらに光を集める。光は弓の形を成し、生まれた神弓はピットの元へ。
弓を受け取ったピットの腕には金に輝く腕輪が現れていた。女神パルテナの加護の証だ。これでピットは、下界へ降り戦うことが出来る。
『お行きなさい。影はやがて、世界を覆うでしょう。その前に、彼の者を打ち倒さねばなりません』
「はい。必ずや」
微笑みと共に女神の姿は再び光へと還り、代わりに鏡の間の大扉が開かれた。扉の先には一面の空が広がっている。
開かれた扉の前に立ち、ピットは中を振り返る。
「行って参ります」
そのまま目を閉じ、彼は下界へと飛び降りた。
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