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  寒い日の暖かい飲み物


(缶コーヒー120円)



昼間の仕事。ビルの窓拭き。天気は曇天。凍えるような気温と少々強い風。
夜の仕事。襲撃されたアヤシイ倉庫から逃げ出す輩の始末。飛び込み依頼の為追加装備はレミントンM700一丁。昼間より冷え込む気温と狙撃には向かない強風。
顔見知りの依頼でさえ無けりゃ今頃家に帰って布団で丸まってる頃合いなのだが、一応にも知人の依頼じゃ断りにくい。況してオトクイサマでもある訳だし。

倉庫から飛び出すチンピラどもを打ち抜いて数分、暇で単調な仕事に飽きてきた頃、押し殺された銃声が止んだ。依頼人の仕事が終わったのだと解釈し、身支度を整える。
案の定下に降りれば依頼人である蔵ノ助がコート姿で突っ立っていた。出入りの時は常にスーツのこの男も、流石にこの寒さは堪えたらしい。


「ご苦労さん。急に悪かったな」
「まったくだ。寒いし暇だし、これくらいのことで依頼すんな」
「ちぃと立て込んでて人手不足なんだよ。預ける領分が多いだけに生半可な奴には頼めねぇ」
「…そりゃどーも」


にやりと口の端を持ち上げた蔵ノ助に肩を竦めることで応える。高く買ってくれてるのはありがたいが、俺は仕事熱心じゃないんだっての。
銃を収めたショルダーバッグを担ぎ直し、両手を擦る。早く帰って布団に潜り込みたい。そう思って挨拶もそこそこに立ち去ろうとした俺に向かって蔵ノ助は何かを投げ寄越した。


「心付けだ、また頼むぜ」


そう言って逆方向に踵を返す背中を見送り、手の中に残されたのはホットコーヒーの缶。埠頭の中に自販機があったのか、まだ十分に温かい。


「…安い心だな」


どうせなら無糖寄越しやがれと内心毒づきながら俺も帰路を急いだ。





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(たっぷりミルクココア)



「お疲れ様ッス」


ちょっと困ったような笑顔と共にマグカップが差し出される。礼を言って受け取って、俺も苦笑を返した。

今俺が居るのは曰く『ちょっと隣の世界』の小高い丘に作られた牧場。マスターが知り合いの神から牧場の手伝いを求められ、元の世界で牧童をしていたが為に俺に白羽の矢が立ったのだ。
最初羊飼いをしろと言われたので飼ってたのは山羊だと言ってみたけれど、マスターが聞き入れる筈もなく、いざ連れて来られてみれば飼われていたのは羊ですらなかった。
確かに毛だけは羊の様な、総じて首の長い仔馬のような件の動物はアルパカと言うのだそうだ。もちろん俺の世界には居ない。

そして目の前の、見るからに人の良さそうな青年は、マスターの知り合いの神とやらに連れて来られた同志である。狼男だと言う彼は牧羊犬の代わりとして拉致られてきたらしい。
まったく、どこの世界も神って奴はいい加減だ。


「すみません、MZDのせいで…」
「アッシュが気に病むことじゃないって。うちの神様もどっこいどっこいだし」


そう言って、彼が作ってくれたミルクココアを一口。程よく甘いそれは、寒空の下働かされた体にじんと染み渡る。少し笑みを軽くしたアッシュは、次いでエポナに水桶を差し出した。

今回マスターがしたことの中で唯一褒められることは、エポナも一緒に寄越してくれたことだ。
最近は乱闘が続いていたせいでエポナの世話はほとんどヨウコにお願いしていたので、偶には一日付きっ切りで世話してやりたいと思っていたところだった。渡りに船、と言えなくもない。…きっと。


「それにアッシュと話が出来たのは楽しかったよ」
「俺も、トワの話は面白かったッス」


事情は違えど狼に変身出来るひとなんて今まで身近に居なかったから、それだけでも来た価値はあったんだろう。美味しいココアもご馳走になれたし。
アルパカ追いは、やっぱり狼じゃ無理だったけど。





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(ブランデー入りホットミルク)



「どうした、眠れないのか」


夜も更け皆寝静まった頃、野暮用を済ませ屋敷に戻ってみれば暗いままのキッチンに佇んでいた藍色の子供。
声を掛けられたことに驚くでもなく振り返り、緩やかに首を振った。常は鮮烈な光を宿す天藍石はどこかぼんやりとしていて、海を思わせる髪から順に闇に溶けてしまいそうだと思う。
同年の剣士たちやもっと小さな子供たちと居る時は確固として揺るがないのに、時折この子供は酷く不安定に見えるから困り者だ。


「喉が渇いたから、水を貰いに来た。…あんたは今帰りか?」
「そうだが…こんな遅くに冷たいもん飲んだら、本当に寝れなくなるぞ?」


シンク脇の小さなランプを灯して気取られぬよう顔色を窺う。憔悴した様子は無い。彼に睡眠障害の兆しがあるのは知っているが、今回に限っては本当に目が覚めてしまっただけらしい。
軽口に僅かに首を傾げ、けれど指摘された通りにコップを置いた。素直で大変よろしい。そんな彼の為に、俺は冷水の代わりにミルクパンを火に掛け、ついでにとっておきを少し注いでやる。


「…酒が飲めない訳じゃないぞ」
「子供がロックなんざ百年早い。ミルクで十分」


他の子供ならば非難囂々のところだが、彼は素直に礼を言って受け取った。
無自覚だろう。この子供は甘やかされるのが嫌では無いらしい。ついでに俺は、やっと少年に毛が生えただけのティーンエイジャーなどまだまだ子供だし、子供は多少甘えていいものだと思っている。
ある意味利害が一致するうちは、柄にもなく世話など焼いてしまってもいいだろう。

ブランデーに屈した子供を担ぎ上げて、見た目よりも重みのある身体にほんの少し、後悔はしたが。






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