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  ホワイトデーのお返し


(三枚のクッキー)



紅茶を混ぜ込んだ甘さ控えめのクッキーはシンプルに丸く、星形に抜かれたココアクッキーにはスパイスを少々。毎年入る緑の抹茶味は、今年はバニラと市松にされている。
甘い匂いが満ちるキッチンに忍び込んで、焼き立てのクッキーを拝借。二枚目にそろりと手を伸ばしたらアッスくんが振り向いた。


「一個だけって約束ッスよ」
「だってオイシイんだもん」


消えない口をぷう、と尖らせれば、アッスくんは仕方なさそうにため息を吐いて、冷蔵庫からプリンを出してきてくれた。


「これで我慢して下さいッス」


そう言われては仕方ない。クッキーを諦めてスプーンを持てば、アッスくんは安心したように作業へ戻る。オーブンはまだまだフル回転だ。
台所一面のクッキーは、お手伝いに来てくれているオバケたちが冷めたのから三枚組にして、ラッピングの袋へ。クッキーが見えるよう表は透明、裏はボクたちらしく黒。赤いリボンで結んで。
ボクたちそれぞれを模した三枚のクッキーが、めかしこまれてホワイトデーのお返しに早変わり。

2/14、たった一日だけのライヴの為に何千枚ものクッキーを、それも毎年焼いているアッスくんは、凄いんだか、律儀過ぎてちょっとカワイソウなんだか。


「チョコどころか、食べ物はひとっつもボクたちは受け取ってないのにネ」
「いいんスよ、気持ちの問題なんスから」


全員には渡せないッスけど、なんて申し訳なさそうに言いながらもどこか楽しそうなアッスくんの笑顔に、当人が楽しいならいいか、と納得して二枚目のクッキーを素早く口に放り込んだ。





(両手いっぱいの花束)



「…アイク、それ、どうしたの」


何時もと同じ仏頂面で、マントが無い以外は何時も通りの格好をしたアイクは、けれど愛剣の代わりに普段じゃ考えられないものを抱えていた。

ペールピンクの大輪が数本ずつ、白いワックス紙と金のリボンで纏められた花束。それも、両腕で抱えるほどの、だ。
マルスあたりならば違和感なく受け入れられそうな光景は、目の前の彼にはあまりにも似合わない。いや、容姿の面で考えれば様になるのだろうが、如何せん当人の朴訥な人柄からは導き出せないのだ。
それはアイク自身も感じていたようで、眉を一層寄せ、言葉少なに答えを返してきた。


「先月の、チョコをくれた日があっただろう」
「ああ、バレンタイン。じゃあそれは、ホワイトデーのお返し?」
「今日は男が花束を贈る番だと聞いた」


違っていたか?と首を傾げたアイクに、違わないけど、と返しながらも私は苦笑するしかなかった。

確かに男性が女性に花束を贈る場合もある。が、それはバレンタインに渡す場合の話で、ホワイトデーのお返しとしてはあまり一般的ではない。
行事自体知らないだろう相手に態々お返しを求める気も無かったが、一体誰がそんな気障ったらしいことを、よりによってアイクに教えたのか。

まあ、十中八九アイク相手に保育の真似事をしている中年だろうとあたりを付けて問えば、返ってきたのは予想だにしない人名で。



「いや、スネークじゃなくてロイに聞いたんだ」



だから大丈夫だろう、と私に花束を渡して、他の女性陣に配るべく離れていく背中を暫し呆然と見送った。
そういえばあの公子様は無自覚に天然タラシなんだったわ。





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