マルスとアイク
麗らかな日差し。心地良い風。
なんとも眠気を誘う陽気ではある、のだけれど。
「…珍しいこともあるものだね」
広い庭の、ひと際大きな木の幹にもたれかかって蒼色の長身が眠っていた。
いや、それ自体は珍しいことではない。彼は暇があれば大体、鍛錬をするか午睡に耽っているかだから。
珍しいのは、手を伸ばせば触れられそうな距離に来ても彼が起きないことだ。
彼の眠りは、酷く浅い。
庭の木陰であったり、リビングのソファーであったり、はたまた卿の有する戦艦の甲板であったり。彼はどこでも眠ってしまえるようだけれども、代わりとばかり、誰かが近づけば例え気配を殺していても起きてしまう。
自分も戦乱の中に育った身だ。咄嗟のときに起きれる程度には眠りは浅いけれど、彼の眠りの浅さは猛者の集うこの屋敷のなかでも群を抜いている。
傭兵を生業にしていたせいか。それとも何か。
ここに居る者たちは皆英雄と呼ばれる者たちで、戦いの中どんな傷を受け、隠しているか分からない。
だから余計な詮索はしない。しない、けれど。
「ゆっくりお休み」
起こさぬようそっと、隣に腰を下ろす。
普段年下らしさを微塵も感じさせない彼だが、こうして見れば年相応に幼さを残していることが分かる。眉間に皺が寄っていないからか。それはともかく。
今はただ、彼の眠りが深く穏やかなものであればいい。
かつて姉上がしてくれたように海色の髪を梳ったら流石に起きてしまうだろうか。子守唄でも歌おうにも生憎と歌は得意とするところではないし。
…どうしよう、なにも出来ることがなさそうだ。でも珍しいこの状況を放り出すのも勿体ない。
暇を持て余すだろうことを覚悟しながらほんの少し距離を詰める。起きる気配のないことに安堵して、僕は目を細めた。
木の葉を通した日差しは心地良く、ああ、これならきっと安眠出来るだろう。
「おはよう、アイク。よく眠っていたけれど、いい夢でも見れたかい?」
天辺にあった太陽が十分傾いた頃、おもむろに目を開いたアイクは急な僕の問いにぼんやりした目を瞬かせて。
「―…覚えてないな」
そう答える彼が珍しくもひどく緩やかに笑むものだから、手持無沙汰に過ごしたことなど忘れて僕も笑った。
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アイクの眠りが浅いのは蒼炎行軍時の不眠症の名残。
マルスも眠りは浅そうだけどロイはぐっすり&ねぼすけなイメージ。
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