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  11/10 Ash's birthday


秋のある日。
ドラキュラ伯爵の次くらいに有名な吸血鬼が、とある高級ホテルのラウンジでいくつものデッサンを前に思案に耽っていました。
彼の向かいでは、人間界屈指の高級ブランドのチーフデザイナーが拳をじっとりと濡らしながら彼の反応を伺っています。
やがて彼は一枚のデッサンを選び抜いて、デザイナーにこう言いました。


「これを揃いで。丈は前に言った通り。それからこれに合わせるマフラーと、帽子を一つ、手袋を二つ、」


次々続けられていく注文にデザイナーはペンを走らせ、時には簡単に絵なども添えながら、凝り性の吸血鬼の指示をひとつも洩らさぬよう書き留めていきます。
細かな注文が付く度に金額もとんでもない勢いで跳ね上がっていくのですが、吸血鬼はそんなこと意にも返しません。彼は人間界のお金もメルヘン王国の金銀財宝も飽きるほど持っていましたから。
それらは趣味の音楽に継ぎ込まれるくらいで、むしろそれですら消費より収入が大きいものですから、貯まっていくばかりでした。有り余るそれを使うとしたら、可愛い継娘と悪友、そして孫のように見守っている狼の為だけ。


「では期日に届けてくれたまえ。遅くても早くても良くない。しっかり頼むよ」


コーヒー代には多すぎるお金をテーブルに置いて、上機嫌で吸血鬼はラウンジを後にしました。





秋も深まったある日。
神出鬼没の透明人間が、メルヘン王国中の花屋に現れてはこんな注文をしていきました。


「ありったけのお花を、北のお城まで届けて欲しいんだ!」


街という街を巡り、花や木の妖精たちにも頼み込み、果てはお店を営んでいるとは思えないようなところにまで。彼はとにかく沢山のひとに声を掛けました。
そんな突飛な注文を、誰もが微笑みながら、あるいは少し呆れながら快く了承しました。何しろこの注文は今に始まったことではなく、ここ数年決まって秋の終わりに繰り返されてきたことなのです。
花を頼まれた誰もが、それが何のための花か知っていましたし、透明人間がそれをとても大切だと思っているのも知っていました。


「それじゃあよろしくネ。当日まで気付かれちゃダメだヨ!」


言うが早いか透明人間は次のお店へ駆けて行くのでした。





冬が間近に迫った11月10日。
早起きで働き者の狼は、珍しく寝坊をしました。太陽がすっかり昇ってから目を覚ました彼は、真っ青になって飛び起きると身繕いもそこそこにキッチンへとすっ飛んでいきました。
朝寝坊の吸血鬼はまだ眠っているかも知れません、けれど、透明人間の方はお腹を空かせて待ちぼうけているはず。そう思ったからです。

寝過したのは昨日の食後のコーヒーにこっそり混ぜ込まれた森の魔女の薬のせいなのですけれど、そんなこと狼が知る由もありません。

飛び込んだキッチンから狼が見たものは、お腹を空かせた透明人間でも、待ちぼうけて不機嫌な吸血鬼でもなく、ダイニング一面に広がる色とりどりの花の海でした。
洒落たコートで粧し込んだ吸血鬼と透明人間が赤いリボンの掛けられた大きな箱を持って、花々の真ん中に立っています。


「お誕生日おめでとう!アッスくん!」


透明人間が満面の笑みで抱き着いて、


「私たちからのプレゼントだ。ありがたく受け取るといい」


口の端を擡げた吸血鬼がそう言いながら箱を渡しました。
箱の中には上等な黒のコートと、手触りのいいマフラー、それに温かそうな手袋が入っていました。どれもこれも目の前の二人が着ているものとお揃いです。

狼は少しだけ目をうるうるさせながら、にっこりととびきりの笑顔を返しました。


「ありがとうっス、ユーリ、スマ!」



その日の狼の一番最初の仕事は、ダイニング一面の花を花瓶に分けてお城中に飾ることなのでした。





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アッシュハッピーバースデー!
謎のおとぎ話口調なのは突っ込んだら負けです。


 

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