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  KKとバレンタインアフター


無性に甘いものが食べたかった。
十連勤で身体が疲弊しきっていたせいもあったろうし、血の海を広げては自分で片付ける仕事ばかりで精神的に荒んでいたせいだったかもしれないが、とにかく甘いものが食べたくて食べたくて仕方なかった。
それも、スナック菓子のように手軽にさくさくと食べれてしまうものではなく、例えばこってりとした生クリームが塗りたくられたショートケーキだとか、濃厚で甘ったるいチョコレートが練り込まれたショコラだとか、もったりと口にも腹にも重いケーキの類が。

そんな衝動と疲労と倦怠感とで判断力の鈍った頭がレジ前の処分品コーナーを認識してしまったのが運の尽き。
よく考えずにいくつかの品を籠へ放り込み、気付けば晩飯と一緒に会計を済ませていた。

一四日の浮かれ騒ぎが過ぎて数日、蛍の光が鳴り始めた夜八時前のスーパーでのことである。



さて。

半額シールの惣菜をふたパックばかり平らげた俺の目の前にあるのは、不揃いに割れたチョコレートの大袋だ。
他にもこまごま買ったようだが、一番存在感のあるものはそれに他ならない。


確かに俺は無性に甘いものが食べたかった。腹が満たされた今も、どうにも食べたくて仕方がない。それは間違いない。
だが、求めていたものはこれではない筈なのだ。
パッケージには渇望をあざ笑うかのように、でかでかとこう書かれている。

『製菓用 割れチョコ 徳用サイズ』

これでは、今求める頭が痛くなりそうなほど甘ったるいものを食べるには、更に手間をかけて作るより他にない。
途端にめんどくさい気持ちがむくむくと湧き上がるが、今は欲求の方が勝った。ため息を吐きつつ、チョコレートを手に台所へ向かう。



チョコレートの欠片が大体同じ大きさになるように砕いて、三分の二ほどをバターと一緒にボウルへ放り込み湯煎にかけた。
溶けるのを待つ間に小麦粉や砂糖を量り、卵を割って解きほぐす。
チョコレートがしっかりと溶けたら溶き卵を加えてかき混ぜ、砂糖も加え、小麦粉はふるいが無いのでザルで振るって加え混ぜる。
溶かさなかったチョコレートの残りとおつまみ用に買ってあったミックスナッツも砕いて加え、型へ流し込んだ。
製菓用の型などもちろん無いので、オーブントースターのプレートにアルミホイルを敷いたものが型だ。
熱を溜めることに代わりは無いからおそらく火は通るだろう。

トースターに生地をぶち込んで、焼ける間に生クリームを泡立てる。
もったりして甘ったるくていかにも体に悪そうなクリームがいい。パッケージに書かれていた目安量の倍を入れ、がしがしと泡立てる。
疲れていると言うのに地味に重労働だ。だんだん腹が立ってくるが混ぜ続ける。泡立て器から中々落ちないくらい固くしたい。
満足いくまで泡立てたところで、トースターがチンと鳴った。

プレートを引き出せば甘くて香ばしい香りがぶわりと広がる。腕のだるさで下降した気分が少し上向く。
見た目はよく焼けているようだったが、爪楊枝を刺すと焼きが甘い気がしたので、アルミホイルをかぶせトースターに戻しもう十分追加する。

手も空いたし、洗えるものは洗ってしまうことにしよう。



洗い物を済ませ、皿を用意し、あとはインスタントコーヒーに湯を注ぐだけになった時点で時刻は十時を回った。

今度こそ焼き上がった生地を取り出し、プレートごとまな板にひっくり返す。
濡れ布巾の力を借りながらプレートとアルミホイルとを取り去ると、先程の甘い匂いが部屋中に広がった。それだけでいくらか満足感がある。
ああ、うまそうだ。

しかし…でかい。

当然だ、オーブントースター四方大である。でかい。
深夜にこれはどうなんだ、と少し冷静になった頭がブレーキをかけようとするが、勢いのままに全て皿に盛った。甘さだけを追求したこの代物を、明日以降食べられる気もしないからだ。
クリームも思いきりよく乗せてしまうと、とてもではないが深夜に食べるボリュームではなくなったが、まあ。いいだろう。

翌朝の胃もたれを覚悟し、せめてもとコーヒーを少し濃いめにしてリビングを振り返ると、誰も居なかった筈のそこには、机にのしかかり頬杖をついて、呆れたようにこちらを見上げる男の姿が。


「今からソレひとりでは、なくない?」



チョコレート分多め、ナッツの塩気が甘さを引き立てる、もったり重くて甘くて心臓に直接ダメージがきそうな濃厚チョコレートブラウニーは、最終的に四分の三が神の胃の中に収まった。


 

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