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  ベルとKK


木曜日の午後。
カレッジもバイトもないこの時間を、大学通りからちょっと外れたカフェで過ごすのが、私のお気に入り。


そのカフェはとっても素敵なんだけど、ちょっとだけ気を付けなくちゃいけないの。毎週行っては駄目だし、時間を決めていることだって、気付かれる訳にはいかないわ。
いかにも、ここのガトーがお気に入りなのよ、って思わせて。たまーに立ち寄るだけなのよ、って装って。勿論嘘じゃないけどね?

気を付けなきゃ、一番のお目当てはウサギみたいに逃げちゃうもの。




「…やあ。いらっしゃいませ」


からんからんとレトロなドアチャイムの音に、カウンターで気怠げにしていた彼がさっと視線寄越した。
完璧な営業スマイル。それがが張り付くのにほんの少しだけ間が空くのが嬉しくて、私もにっこり笑って返す。


「ボンジュール、ムシュー。タルトはまだ残ってますか?」
「リンゴと、チェリーのがあるよ」
「じゃあ、チェリーのと…ブレンドにしようかな」


畏まりました、と彼が少しお芝居っぽく礼をして、席を勧める。午後四時のカフェは客波も引いていて、私は窓際のテーブルへと案内された。
この席はサイフォンでコーヒーを淹れる彼がよく見えるから、実はお気に入り。
じっと見ていると気付かれちゃうけど、今日はお客さんも少ないし、変では無いわよね。


カウンターの向こうでカップとプレートを手早くセットする彼は、中々に格好いい。ベストとスラックスの制服も、とても似合ってる。
これで無精髭が無ければ完璧だけど、そこでフイにしちゃうのがムシューの可愛いとこよね。

惚れた欲目とはいえ、スタイルは良いし顔もなかなかだと思うのに、これで恋人のひとりも居ないんだもの。日本の女の子は見る目が無いわ。



「…何かついてる?」
「いいえ?小説は読み終わってしまって、することが無くって。…気になったかしら?」
「こんなおじさん見てても楽しくないでしょ」


苦笑いを浮かべるムシューに、私はふふふと笑って返す。ハシが転がってもおかしいお年頃なんだって、ムシューは思ってるから、それだけで話はおしまい。
私の前にはつやつやのチェリータルトと、馨しいコーヒーが運ばれてくる。


「いただきます」
「召し上がれ。俺が作ったんじゃないけど」


苦笑を優しい笑みに変えて、ムシューはカウンターの向こうへ戻って行った。その後ろ姿をちらりと横目で追ってから、ムシューの淹れてくれたコーヒーに口をつける。

コーヒーは私には少し苦くて、甘いものが欲しくなる味。
シネマみたいに甘くて素敵なコトは、残念ながら起きないわ。代わりにタルトをひとかけら。うん、今日も美味しい。


からんからんとドアが鳴って、新しいお客さんが入ってきた。営業スマイルで迎えるムシューのことは、今度は目で追わないけど。

格好いいムシューと、美味しいガトー。秘密の楽しみがある木曜日のカフェは、もう暫く私のお気に入りだ。




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44さんよりリクエスト頂きました『Kベル』です!
ベルちゃんをどこまでしたたかにするかで大分迷子しました…したたかでもベタ惚れなベルちゃんを目指したいです。
リクありがとうございました!


 

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