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  KKとテン


走り抜ける音の波は颯爽としながら深い色を湛えていた。
限りなく黒に近い深い青と、分厚くて硬い葉っぱみたいな緑が渦巻く中をそいつの歌声は駆け飛んでいく。

夏に吹く風の様な、青々とした緑を巻き込みながら、雨のない嵐みたいに激しく吹く、歌声。


青と緑を纏ってどこまでも透き通ったその歌を聞いたとき、俺は漠然と、あいつに触れちゃいけないんだと悟った。
俺には自分の色は見えないけれど、まあ、どう考えてもあんなに綺麗な色はしていないだろう。路地裏に蟠る暗い色とか、火薬が爆ぜる紫、それか弾丸が命を抉るときの薄赤。きっとそんな色。
そんな汚れた色で触れて、あの色を濁してしまうのは勿体ないと、柄にもなくそう思ったのだ。

人を避けるのは職業柄得意だからな。のらりくらりと躱して、パーティが終わればそれでお終い。何時も通り。それで終わってた筈じゃないか。




何でこんなときにそれを思い出すかな。




後ろには残り三名の追手。手持ちは連射には少々難有りのブレイザーR93と弾切れのコルトガバメント。行き止まりへ誘導されていることには気づいていたが、もうどうしようも無かった。
突き当りの壁に背を預ける。壁の右手にはドアが付いているが、これは開かないことで有名だった。或いは神にでも頼めばその扉は開いて何処かへ行けるのかも知れないが、頼む気も――祈る気にもならない。

未練なんて驚くほど無かった。うっかり切らしちまって最期にタバコが吸えないことは少し残念だが。
長生き出来る筈もない、碌な死に方もしないだろうと分かっていた。少し早い走馬灯が、無粋な追手の足音の代わりにあの煌びやかな歌の遠影を映してくれるのは、思っていたより悪い終わりじゃない。
すぐそこに迫る死を受け入れて、笑みさえ浮かべて息を吐いた。その時だ。

開かない筈の扉が開いたのは。


ぎぃ、と軋む音がして思わずそちらを向いた。ゆっくりと開いた扉から、顔を覗かせる純白の塊。


「…あれ、ミスター?」


透き通る色は、走馬灯が見せていた筈の――




固まった俺の思考を動かしたのは、薄色をかき消す図々しい足音。
足音が聞こえる程間近に迫った追手の存在を思い出し、俺は弾かれたようにそいつの向こうの扉へ飛びついた。見られてはいけない。こいつを隠して、間違っても扉から出てこないように塞いでしまわなければ!


「戻れ!」


叫び、勢いよく扉を引いたが、ほんの数センチで何かにつっかえた。隠さず舌打ち扉を見れば、止めていたのは黒い靴。俺のではない。要するに、相手の。
は、何で、とこの切羽詰まった状況で再び思考を止めてしまった俺の右腕が、思い切り引っ張られた。たたらを踏んだ俺の左肩を追手の銃弾が掠め、もう一発、何か固いものを弾く音が続いた。
掴んだままだった扉が倒れ込むのと同時、派手な音を立てて閉まる。

途端に音は全部途切れた。追手が扉を破るどころかドアノブを回す音すら、しない。背後の気配はすっかり潜まり、俺の視界には真っ青な顔した白い羊男が居るだけだ。


「ミスター、肩を、」


そろりと肩に伸ばされた指から後退り、俺は半ば混乱したまま叫ぶ。


「お前…何してんだ!危ないだろうが!顔見られたかも、」
「大丈夫です。この扉は“こちら”のモノでなければ開けられません。ですから安心して、ミスター、肩を見せてください」


かみ合わない会話に苛立ちながら、そうじゃない、と続けたところで相手の言葉のつっかかりに気付いた。

こちら。

言われてやっと辺りを確認すれば、そこは裏通りでもビルの中でもなく、鬱蒼と茂る森の只中だった。背を預ける扉は路地裏の安っぽいスチールではなく、石造りの小さな門に取り付けられた重厚な木の扉。
日本では有り得ない光景に愕然とする。これに気付かないなんて。いくら死んでもいいと気が抜けてたとはいえ、注意散漫にも程がある。


呆れ反応が鈍った俺に焦れたのか、もう一度手が伸ばされた。細い指が肩の傷を晒し、白い指先が血に触れる。


「おい、汚れる」
「馬鹿なこと言ってる場合ですか。…ああ、思ったより酷くありませんね。よかった」


少し表情を緩めて微笑むこいつは、自分がどんな危険に巻き込まれたのかちっとも分かっちゃいない。
もしも奴らに顔を見られていたら。いや、そもそも目立つ白い髪をしているんだ、顔は見えてなくても特定は難しくないだろう。こんなお坊ちゃんが巻き込まれたら、ひとたまりもない。

何でこんなことした、と、零した言葉には傾げた首が返された。



「大切な人を助けるのに、何か特別な理由が必要ですか?」



思わず固まる俺に、元凶は高そうなスカーフで手早く肩の止血をすると、俺を持ち上げるように立たせ手を引いた。


「理由が要るのなら、ミスターの歌をもう一度聞きたい、とでもしておいて下されば結構ですよ」


さあ、手当の出来る場所へ移りましょう、と何でもない風に歩き出すのに、俺は為すがまま付き従う。
さらりと吐かれた言葉の真意を問うのはおろか、腕を振り払い逃げることさえ怖くて出来そうになかった。





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三途さんよりリクエスト『【テン←KKの片想いと思いきや…』です!
素敵な シチュが 台無し orz
前半数行で言いたいことが伝われば…いいな…

 

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