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  KKとテン


「こんにちは、ミスター」


仕事を終えて一服していると、唐突に声を掛けられた。

突き当りの扉からひょっこり顔を覗かせる、路地裏には似合わないドレスシャツとベスト、いつぞやのマントの代わりに古めかしいが上品な黒のコートを羽織って。
文字通りおとぎの国から湧いて出たそいつは、大抵俺を見付けるとまるっきり人の良い笑みでことりと首を傾げてみせるのだ。


「予定が空いているのでしたら、一緒に食事を如何ですか?」


幸か不幸か。
何故だかこいつが誘いをかけてくる日は決まって用事など無く、それなら適当にあしらってしまえばいいものを、屈託ない笑顔を前にしてはそれも難しく。


「まあ、夜なら暇だけど」
「それはよかった」


俺はこいつ――カウントテンの誘いを断れた試しが無い。




テンが選ぶ店はセンスが良い。
クラシックなりジャズなりが流れるちょっと高級な、それでいて俺なんかが入るのに躊躇わない程度の、何とか財布に折り合いを付けれそうな店。

当然こいつが普段行く店はこれよりずっとランクが高いのだろうし、俺に合わせられてるのを分からない程馬鹿じゃない。
そんな店をさも嬉しそうに紹介するものだから、余計に次回が断りづらくなる。


まったく、一度パーティで一緒になったくらいで何でこんなに懐かれたんだか。



「…お気に召しませんでしたか?ミスター」
「ん?いや、美味いよ」


考え事をしていて上の空になっていたか。
さっきまで笑顔で食事と音楽とを楽しんでいたテンは、今は眉を少し顰めてこちらを見つめていた。気を遣わせたい訳じゃないんだが。
思考を切り替え、少々わざとらしく苦笑を浮かべて軽口を叩く。


「こんなおっさんじゃなくて、可愛い女の子でも連れて来たら満点かな」


これは本音でもある。俺なんかじゃなくて、もっと有意義な奴と飯でも何でも来ればいい。女の子でも、友人でもいいから。
そうやって躱そうとしても、こいつは綺麗に笑うのだ。


「私が、このお店に連れてきたかったのはミスターですから」



そんな笑顔は、俺に向けないで欲しい。

剣を握るくせに血臭のしないてのひら。真白の柔らかい髪は、きっと闇には融けない。こいつは俺の傍なんかに近寄るべきじゃない。
それなのに、誰にでも明確に引けたはずのボーダーは、こいつが笑う度に曖昧になる。踏み越えられたら、危ないのはこいつだって、分かってるのに。こいつと過ごす時間は酷く居心地がよくて。



「宜しければ、今度はコンサートにご一緒しませんか?」


笑顔と共に差し伸べられる手を振り払うことは、また出来そうにない。





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フィルソで神に巡り合って今10Kがきている。
距離を測りかねてうだうだしてるKさんが天然故のゴーイングマイウェイなテン様に振り回されて欲しい。


 

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