あまいものが好きなきみ 駅前の洋菓子店へと駆け込む。閉店間際ということもあり、店員さんが少し嫌そうな顔をした。 申し訳なく思うが、そのままチョコレートコーナーへと向かう。 今日はバレンタインデーだ。店内では八〇年代のアイドルソングが流れていた。 チョコレートの箱が数個、所在無げに残っている。売れ残りだろう。それを全て手に取るとレジに向かう。バレンタインデーに、男がたくさんのチョコレートを買っていくのが珍しいのか、下を向いていた店員さんがチラリと僕の顔を見た。 「お会計、お願いします」 少し下がっていた眼鏡を人差し指で上げて、笑顔で言うと店員さんはすぐに視線をチョコレートの箱へと向けた。 どのチョコレートを気に入ってくれるだろうか。甘いものをプレゼントしたときのあの子の反応を思い浮かべて、目を細める。 会計を済ませると足早に店を出た。 きっとあの子は、僕の帰りを待っているわけではないのだけれど、少し駆け足になって家路に着く。 帰宅後、スーツを脱ぐ時間すら惜しくて、すぐに寝室へと向かった。ベッドがふっくらと膨らんでいる。そのふくらみにすら愛しさがわいてくる。ベッドの隅に座り、掛布団の上から撫でた。 「ただいま、アゲハちゃん」 声をかけて、そっと掛布団をめくる。愛らしい姿がそこにあった。全長五〇センチほどの大きさで、アゲハ蝶の幼虫に似ている。だから、アゲハちゃん。身体は見た目通りやわらかくて、幼虫には眼状紋があるが、この子のこれは本当の目だ。左右にそれぞれ四つ、合計八つ目がある。基本的に雑食だが、砂糖がふんだんに使われたお菓子をあげると反応がいい。 人語は話さないが、それなりに知能があるのか僕の言葉を理解しているらしく、コミュニケーションが可能だ。 僕の存在に気が付くとチッチッとあまえたような小さな声を上げる。 「今日はね、バレンタインデーだからチョコレート買ってきたよ」 チョコレートの箱が入った紙袋をアゲハちゃんの目の前に置けば、口から細く短い触手が伸びてくる。バレンタインデーなんてわからないだろうが、喜んでいるようだった。 触手に指を近づけると絡みついてきて、口元へと引き寄せられた。そのままチュッチュッと吸いついてくる。小さくて細かな歯に時折当たって、腹の奥のあたりからゾクゾクとする。 名残惜しいが、そろそろチョコレートの箱を開けてあげよう。そっと指を口元から離す。頭の触覚のあたりに軽くキスをして、紙袋から箱を取り出す。 「今、開けてあげるね」 丁寧に、シールとセロテープを剥がして包装紙から箱を取り出す。アゲハちゃんは待ちきれないのか、僕の膝の上へとのぼってくる。幼少期に飼っていた猫よりもだいぶ軽い。アゲハちゃんは身体は大きいが、体重はたぶん一キロにも満たない。 箱を開けると覗き込むようにアゲハちゃんが顔をあげる。 箱の中にはハート形の小さなチョコレートが五粒入っていた。 「どれから食べたい?」 覗き込むアゲハちゃんが見やすいように少し傾けるとキューと高い声をあげた。はやく欲しいというように、口から出てきた細かな触手が動き回っている。 一粒指でつまんでアゲハちゃんに差し出せば、チョコレートを触手で掴んで口の中へ消える。噛み砕く音が聞え、アゲハちゃんは身体をすり寄せてきた。 「おいしい?」 ぼこぼことした身体を撫でると掌に身体を押し付けてくる。 「口の中にとどめて溶かしてもおいしいよ」 そう言ってもう一粒差し出す。さっきと同じように口の中へと消えたチョコレートは今度は噛み砕く音がしない。言った通り口の中で溶かしているのだろう。 「僕も食べていい?」 アゲハちゃんに一言断って、一粒口の中へ入れる。舌の上でゆっくりと甘いあまいチョコレートが溶けてゆく。ミルクチョコレートかな。 甘いそれを舌で転がしているとアゲハちゃんが僕を見上げていた。ジッとまんまとした目と目が合う。 劣情を煽り立てられて、思わずため息がもれた。箱の中に残った二粒を掴んで、アゲハちゃんに差し出す。触手で掴んでも僕がチョコレートを放さないと抗議するように、ギーと低い声を出した。 「ごめんごめん。あげるよ」 口の中へ指ごとチョコレートを入れる。無理矢理突っ込んだから少し苦しそうな声を出したが、チョコレートがようやく口の中に入ったことに喜んでいるようだ。 まだチョコレートを掴んだままのため、舐めとろうとする触手が指に絡んでくる。チョコレートがなくなり、ゆっくりと指を口から抜いた。 「まだまだいっぱいあるから、いっぱい食べてね」 口元にキスをして、紙袋から次の箱を取り出した。 2018.02.14 ← |