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中西さんと小野塚くん(仮)


 5月だというのに、真夏ような日差しと気温だ。
 とある薔薇園に、中西馨(なかにしけい)はミュージックビデオの撮影に来ていた。そのミュージックビデオの撮影が、主役である今売出し中のアイドルが遅れていて止まっているのだ。スタッフにロケバスで待っていていいと言われたのだが、そのアイドルが同じ事務所の後輩ということもあり、スタッフの手を煩わすのも申し訳なく現場で用意された椅子に座り、暑さに馨はぐったりとして待っているのだ。
 後輩の名誉のために言っておくと遅刻の理由は、前の現場での撮影が押してしまったらしい。事務所が力を入れているアイドルということもあり、忙しいのだ。
 マネージャーから貰った水を飲もうとペットボトルのキャップを開けていると、足が見え、影が出来る。顔を上げるとミュージックビデオに一緒に出演する小野塚要(おのづかかなめ)が立っていた。小野塚は2.5次元の舞台やミュージカル、アイドル声優として最近人気長身でイケメンの若手俳優兼新人声優だ。年齢は馨より年下だが、俳優歴は小野塚の方が先輩だ。
 挨拶したときは当然私服姿だったが、すでに衣装に着替えている。長袖シャツにベストもこもこしたファーが袖口に付いていて、どう考えても暑いだろうに汗一つ流れていない顔に笑みを浮かべて、馨を見ていた。先輩が立っているのに自分が座っているのは駄目だろうと馨は慌てて立ち上げる。
「あーすみません! どうぞ座ってください!」
 申し訳なさそうに小野塚はそう言って、焦ったように椅子に座るようにすすめる。狭いパラソルの下で、背の高い小野塚に圧倒され、馨は座った。
「あの、さっき挨拶のときに緊張してて言えなかったんですが……あの、俺、Aiace(アイアス)のファンなんです。もう解散されてしまったDELICO(デリコ)の頃から中西さんのファンなんですよ。中西さんの作る音楽が好きで、Aiaceではギターだけじゃなくボーカルもやってらっしゃるじゃないですか。俺、中西さんの甘くてそれでいてハスキーな声がすごく好きで! とにかくファンなんです!」
 興奮したように早口で、目をキラキラを輝かせてそう告白する小野塚の言葉に、圧倒されつつ、口角を上げた。
 Aiaceというのは、馨の所属するバンドの名前だ。最近は俳優やモデルの仕事が増えているが、彼は本来ミュージシャンとして音楽活動をしていた。バンドではギターボーカルをしている。ちなみに、DELICOというのは、3年前に解散したバンドの名前だ。DELICOでは、ギターを担当していて、曲も彼が作っていた。
「こんなこと急に言うのもなんなんですが、友達になってください! あっ嫌なら断ってくれていいんで。でもファンではいさせてください」
 背に隠していた手を馨に差し出す。その手にはオレンジ色の薔薇の花束が握られていた。
 この状況はなんなのかと戸惑いながら、馨は差し出された花束を受け取る。
「……えっと、ありがとうございます。俺で良ければよろしくお願いします?」
 言葉を紡ぎつつ、これは一体なんなんだろうと何度も小野塚の言葉を反芻する。一方的に、そして矢継ぎ早に言葉を投げかけられ、頭の回転が全く追いついていない。
「やった! ありがとうございます」
 パッと花が咲くような笑みを浮かべ、長身を少し折り曲げた。
 ようやく、思考が追い付いてきた。じわじわと嬉しいような恥ずかしいような気持ちになる。顔に全身の血液が集まっているのではないかと思うほど、熱くなる。
 どうしたらいいのかわからなくて、貰った花束に視線を落とす。綺麗に咲いているものの中に、蕾も混ざっている。
「それ、庭師さん? っていうのかな? 薔薇を手入れしていた人からこっそり分けて貰ったんです。内緒ですよ」
 小首を傾げて、いたずらっぽく笑う小野塚に、馨も思わず笑み浮かべる。
 きっと庭師は、好青年な彼に快く薔薇を分けてくれたのだろう。
「ありがとうございます」
 馨が改めてお礼を言えば、小野塚はいいえと微笑を返す。
「今度、お礼させてください。ご飯行きませんか?」
 そう馨から誘えば、小野塚は目を見開いた。
「ぜひ! ぜひ行きたいです!」
 首を何度も縦に振る小野塚に、馨は頷く。
「じゃあ、撮影終わったら連絡先教えてください」
 二人がそんなやり取りをしている間に、スタッフが慌ただしく動き出した。どうやら、馨の後輩であるアイドルが現場に到着したらしい。
「じゃあ、撮影終わったらまた」
 小野塚はそう言って、馨に一礼すると自身のマネージャーの方へと走って行った。
2017.05.25


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