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きみとぼく


 闇に飲まれる。立っているのか、座っているのか、わからない。三半規管が、正しく働かない。ぼくはそこで、独りぼっちだ。

 ふわり、と鼻を掠めた香りに朝比奈(あさひな)は目を開ける。
 外では、雀が鳴いていた。
 まだ正常に回転しない重い頭と身体をベッドから起こす。何も身に纏っていない身体が、寒さを訴え鳥肌が立っていた。着替えを取りに行くのが面倒だ、とベッドからをシーツを引き剥がして朝比奈は羽織る。
 大きな欠伸をしながら、寝室から台所へ移動した。途端、香りが強くなる。
「はよ」
 台所に立つ背中に向かって、朝比奈は言った。
「はよ。もうすぐ、出来る」
 振り返り、ステンは言う。
 朝比奈は頷きながらステンの背中に抱きついた。シーツだけでは寒かった身体が少し温かくなり、ホッと息を吐く。
 息を吸った瞬間、美味しそうなフレンチトーストの香りがした。
 ステンは火を止め、朝比奈へと身体ごと、振り返える。
 ステンよりも少し小さい朝比奈を抱き締め返し、唇を鼻に当てる。そのまま下に下げ、唇まで来るとちゅっと音を立て、唇を離した。
「服、着ろよ」
 鼻と鼻を当て、ステンは苦笑した。当たる息がくすぐったいのか、朝比奈は首をすくませる。
「いい。食ったらベッド入るし」
 朝比奈は言いながら、ステンの唇を唇で挟ませる。
「牛になるぞ」
 フッとステンは笑い、朝比奈の唇を挟み返した。
 再度、唇を離す。
「一緒に牛になるからいい」
 言って、朝比奈は片手をステンの頬に撫でた。
 フレンチトーストの甘い香りに混ざって、雄の匂いがしだす。
 挑発的な笑みを浮かべ、朝比奈はステンの首筋に音を立ててキスをした。ステンも口端を上げ、同じように朝比奈の首筋にキスをする。
「じゃあ、さっさと食べよ」
 朝比奈はステンからあっさりと離れ、小首を傾げて言う。語尾にハートが付きそうだ。ステンは目を細め、皿にフレンチトーストを盛り付けた。

 闇に飲まれる。自分の顔の前に手を翳すけれど、見えない。きみと手を繋いでいるけれど、それがきみだとは限らない。それどころか、これがぼく自身だという確証もない。それでも独りぼっちよりは、さみしくない。
2014.02.19


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