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来世払いでお願いします


※この作品は12歳未満の方は閲覧できません。

 ガラガラと引き戸を開けると、玄関の奥に誰かが立っていた。一瞬ビクリとしたが、よく見ればこの屋敷の住人だと気付く。今日も白いワンピースを着ている。白い服に長い髪、白い肌という幽霊ルックな彼女は、たぶん東雲さんの娘さんだ。名前は確か、花子(はなこ)さん。
 訳あって――簡潔に説明すると俺、御手洗尊(みたらいみこと)に憑いていた悪霊を祓ってもらった――俺は、この屋敷の主である東雲静夏(しののめしずか)さんに借金をしていた。その借金を返すべく、俺はこの屋敷で雑用という名のタダ働きをしている。
 雑用と言っても掃除や買い出しといったもので、仕事らしい仕事はさせてもらっていない。いや、家政婦のようなものだと思えば、しっかりとした仕事かもしれない。
 それでも仕事の時間は決まっていなくて、俺が来たい時に来て、17時半には帰るという感じだ。それでも300万という大金を借金しているので、なるべく毎日くるようにはしていた。
 俺はこのバイト――と言ってもいいのだろうか?――の他に、近所のコンビニでバイトをしている。夏休みは稼ぎ時だ。それに、自分で言うのもおかしいが、まだ高校生だし遊びたい盛りなのだ。少し面倒くさいが、踏み倒すと後が厄介そうで、頑張るしかない。
 なんて考えていると、花子さんが首を傾げ始めた。なかなか上がろうとしない俺を不審に思ったのだろう。
 この屋敷の住人は、東雲さん以外、無口だ。静夏なんて名前のあの人が騒がしい分、彼女と息子さんである哲郎(てつろう)さんは均衡を保つかのように静かだ。いや、哲郎さんに至っては声を聴いたことすらない。
「お邪魔します」
 一言断り、靴を脱いで屋敷に上がる。花子さんは、微笑を浮かべて頷いた。
 花子さんは案内するかのように、俺を気にしつつ、先を歩き始める。俺はその後を歩く。廊下をしばらく歩き、何枚目かの襖の前で、花子さんは止まった。そして、そっと襖を開く。
「おや」
 座敷から東雲さんの声が聞こえた。
「いらっしゃい、おてあらいくん」
 敷居は跨ぐと、東雲さんが笑顔で出迎えてくれる。
 くるくるとしたくせ毛を長く伸ばし、前髪は目元を隠し、後ろでは髪を1つに束ねている。顎には髭。左側に置かれた脇息に肘を付いて凭れ掛かり横座りをしていて、右手には煙管といった格好だ。浴衣を着た彼の右足は、腿から先がないためにそこからの膨らみがない。
「みたらいです」
 名前を訂正するが、東雲さんは素知らぬ顔で煙管を吸っている。イラッとしながら、俺は用意されていた座布団に正座した。
 後ろで、襖の閉まる音がする。
「花子さん、お茶を淹れてきてくれないかな。神棚と犬神サマを優先でお願いね」
 花子さんが座る前に、東雲さんは言った。彼女は頷き、座敷から出ていく。
「花子さんって娘さんじゃなかったんですか?」
 東雲さんの娘だと思っていた俺は、吃驚して確認する。東雲さんは、うひゃひゃと独特の嗤い声を上げた。煙管の灰を落とし、口を開く。
「昔話をしようか」
 言って、また煙管を吸い始めた。
 3年前だったかな、と独り言のように呟き、東雲さんの話が始まった。長くなりそうな話に、俺は足を崩して、それに耳を傾ける。

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