嫌な雨が、静かに降り続く。
薄らと霧が残る、冷たい空気。
学校の帰り、下駄箱の前で悠はハッと気が付いた。
「……傘、忘れた」
部活が終わっていつもより片付けに時間をかけていたら、帰りが遅くなってしまった。
校舎にはほとんど人がいない、チャイムの音がやけにうるさく聞こえる。
「うーん…」
正門から少し歩いて、雨の様子を確認してみる。
大した強さではないし、このまま走って帰ろうと判断した。
頭を隠せる物は持っている鞄しかない。
仕方ないので、中身が出ないように注意しながら鞄を傘の代わりにして走った。

正門を飛び出した後は、ひたすら走る。
途中の横断歩道の赤信号が、いつもより長く感じた。
雨が、冷たい。
この時期は日中暑い反面、天気が崩れるとやたら空気がひんやりしているように思う。
気持ちの問題なのだろうか。
とにかくずっと浴びた状態では風邪を引いてしまう。
悠は鞄を持ち直して、転ばないように走った。
見慣れた道に入る。
ここから堂島家まで一直線だ。
「………っ」
雨が強くなってきた。
道は滑りやすくなっていて、無闇に走り回るのが少し危険になってくる。
ここで改めて、傘の大切さを思い知らされた。
今日は早めに寝よう、そう思いながら家を目指した。
ようやく家が見えてきた時、悠は走ることを止める。
玄関の前に、誰か立っていたからだ。
体格からして、遼太郎でも菜々子でもないことが分かる。
強まる雨のせいで上手く見えない。
ゆっくり近付き、ようやく相手のシルエットが取れ始めた時だった。
「あー!」
相手とほぼ同時に驚いた声を上げてしまう。
それはもちろん、良く知っている人物、相棒の陽介だったからである。
謎の出来事が重なっている今、学校以外でも一緒に居る機会が多い。
そしてそれをキッカケに、今は恋人同士にまで発展した。
といっても目立ったことは出来ず、まだ付き合ったばかり。
今は、一緒に居てくれるだけでお互いが安心する、それまでで止まっている。
そんないつでもそばに居る陽介だからといって、今こんなところで会うとは悠も考えていなかった。
「よ、陽介…、どうして?」
「ど…どうしてって、こっちが聞きてーよ! 何でこんなずぶ濡れになって…っ」
陽介は急いで駆け寄り、持っていた傘を悠に差し出す。
けれど受け取っては、今度は陽介が雨に濡れてしまう。
どのみち自分は家の中に入るのだから傘は不要だ、と悠は首を横に振った。
「俺のことは気にすんなっての! そうだ、何か拭くもの…」
目の前が家なのだから、入ってしまえば済むことなのに。
一生懸命な陽介の姿を見て、悠は自然と笑みが溢れた。
「な、なんだよ…っ」
「…陽介、可愛いなって思って」
「んな、っ……!」
持っていたハンカチを落としそうになるほど動揺していた。
分かりやすい反応が愛おしい。
隣でにこにこ笑っていると、陽介の顔がだんだん赤くなっていくのが分かった。
「っ、も…もう、笑ってんなよ…!」
視線を逸らし、ハンカチで顔を隠そうとする。
悠はそんな可愛い行為に堪らず、勢いで陽介の腕を引っ張り、同じ傘の下に連れ込んだ。
「ちょ、っ、誰かに見られたら……ん、ッ」
傘をずらして周りから隠れながら、ぶつけるようなキスをひとつ。
陽介は混乱する中でも、離れようと必死に手を動かすが、悠がしっかり抱き締めていて上手く抵抗が出来なかった。
触れるだけのキスが続く。
悠はゆっくりと唇を離して陽介の様子を伺おうと視線を合わせる。
「ゆ……、ゆう…」
「……!」
ただ触れるだけだったのに、陽介の目は酔ったかのようにとろりとしている。
悠は慌てて顔を逸らし、下げていた傘を持ち上げた。
「ご、ごめん…陽介」
「っ………」
陽介は真っ赤になりながら、鞄の中から取り出したノートを悠に押し付ける。
「こ、これ、忘れねーうちに…返す! サンキューな…っ!」
それだけ言うと、陽介は振り返って走って行ってしまった。
悠は声を出して止めようとしたが、もう既に姿が見えない。
「これ、陽介の傘…。明日返さないとな…」
思い出したように、先程陽介から渡されたノートを確認する。
もうすぐ試験だからと、陽介に貸していた数学のノートだった。
これをわざわざ届けるために、こんな天気の中来てくれたのだろうか。
考えてみれば、このノート随分久しく自分のところへ帰ってきたように感じる。
内容のコピー的なものを作っていたから、自分の勉強には支障はなかったので忘れていた。
長く借りていること気にして、少しでも早く返したかったのだと思う。
そう思えば思うほど、もっと可愛い陽介を味わうためにキスをしておけば良かったと、笑いながら口元を押さえた。


「…あー…、くそ、っ、不意打ちは反則だっつーの…!」
傘を渡しっぱなしだったことよりも、陽介は先程のキスを思い出しては首を急いで振る。
「……かっこ良すぎんだろ…」
雨で濡れていた姿が、と本人の前で言えば、どうなっていただろう。
「っ、やっぱ、慣れねーな…!」
まだキスの感触が残る唇を指でなぞり、その度に悠の顔が浮かぶ。

この霧雨に隠れるように、陽介は真っ赤な顔を手で抑えながら家に向かった。








2012.7.14




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