天へ帰りたいと君は泣く






白い箱の中
今日も、悲鳴が響く。



『俺を帰せ』



と君は泣く。





幾筋もの涙の痕が、頬を伝っていた。
そこにまた一筋、新しい滴が伝う。
今は静かに眠っている彼の腕には、点滴の細いチューブが繋がっている。
反対側の先には、もう残り僅かになった、安定剤。

「・・・辛いよね」

そっと、彼の頭を撫でる。
数時間前に来た時には汗を吸いうっすらと湿っていた髪も、今はもう乾いていた。
手を、握る。
普段は冷たい彼の手だが、今は布団の中で温められていたために、温かかった。
手首には、うっすらと赤い跡。
さっきまでベルトでベッドの横の柵に拘束されていた時に付いたのだろうそれが、酷く痛々しく見えた。

この部屋は、檻だ。
窓には鉄格子。
扉も、自分では開けられないようになってる。
最低限、水道とトイレはあるけれど、それ以外にはベッド位しかない寂しい部屋。
真っ白い、檻。

政宗は、俺の担当している患者だ。
何度も何度も自傷行為を繰り返し、此処に入れられた当初はあの窓から飛び降りようとした。
そのときだ。
あの窓に、急遽鉄格子が付けられたのは。
唯一外と繋がっていたあの窓までもが、閉鎖されたのは。

「・・・ぅ・・・く・・・」

「よしよし・・・大丈夫だよ・・・」

今までは安らかだった寝顔が、歪む。
安定剤が切れてきたのだろうか?
それとも、もうこの薬もあまり効かなくなっているのだろうか?
一応上に、報告しておこう。
それと、政宗の保護者にも。
・・・興味なんて、これっぽっちも無いだろうけどさ。

「寂しいんだもんね?政宗は。
誰も、ホントの政宗を見てくれないから。
認めて、くれないから。
ねぇ?」

学校でのイジメ。
見て見ぬふりをした教師。
解決しようとしなかった学校。
・・・息子の存在を認めなかった、親。

最悪の条件が、政宗には幾重にも重なっていた。
逃げ場なんて、存在していなかった。
その中で、彼は彼なりに戦ったんだろう。
必死に血を流し、涙を流しながら。
頑張ったんだろう。
誰にも認められないのに。
必死に。

だけど、誰にでも限界はある。
そう。
誰にでも。

政宗は限界を迎えた。
そして、壊れた。
粉々に、ヒビが幾重にも入ったガラスは、砕け散ったのだ。



政宗は、えらい。
凄く、いい子だ。
優しくて、素直で、いい子だ。
言うなら、神様みたいな心を持った子だ。


だって、壊れても絶対に他人を傷つけなかった。
他人を、責めなかった。

たとえどんなに、自分を虐げた人であっても。
絶対に。


「寂しいね・・・。
政宗は、誰も傷つけない。
自分ばっかり傷ついて・・・。
それなのに、誰も認めてくれない・・・。
政宗を傷つけるだけ傷つけて、さ。
可哀相に・・・。
ホントの政宗を見てほしいよね?
認めて、ほしいよね?」




「・・・アンタは・・・認めてくれるのか・・・?」




暗い檻の中、声が響いた。
泣いていたためか、少し掠れた小さな声。
声の主は、間違いなく此処に閉じ込められた小さな神様。
白い檻の中の、神様の声だ。
その声の主が、俺の腕を強くつかむ。
危ないかな、なんて思ったけど、そんなことないってすぐに思いなおす。
彼は、絶対に他人を傷つけないから。
もう一度、その唇が言葉を紡ぐ。
まるで、懇願するような響きを乗せて。


「アンタは、俺を認めてくれるのか・・・?
見てくれるのか?こんな醜い俺を。


・・・愛して、くれんのか?」



涙にぬれた顔が、優しい月明かりに照らされる。
一つしかない瞳の中には、縋るような色と、期待の色。
その瞳が、俺を映してる。
なんだか、ドキドキした。



「・・・うん。


君を、認めてあげる。
君は醜くなんてない。凄く、綺麗だよ。
俺は、君を見てる。


・・・政宗を、愛してる」




人は、神様は天に居るというけれど
俺の神様は、この小さな白い、檻の中。



fin
















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