吸い込まれそうな、恐怖さえ感じる空っぽの空間で
目に見えたのは、有限を象徴するかのような雲と無限を感じさせる太陽だけ。




「めー、めーが痛いよ」

「太陽は直射で見ちゃいけないって、小学校の時習わなかった?」

「そんな大昔のこと、とうに忘れてしまいました」

「そう言う程昔のことでもないと思うんだけど」


聞かせようとしているのかそれとも独り言のつもりか、「名前は本当にバカだね」と、恭弥はため息混じりの小声を漏らす。
私は両腕でも捕まえられそうにない大空を見上げて、そこまで昔でもないけれど、何故か十年以上も前のように感じる退屈な授業の記憶を掘り起こした。


――本当は、覚えてる。
丸めがねで存在感のない、しかし頭の中からはそう簡単に離れてくれなさそうな顔のナントカ先生が、今の恭弥の呟きみたいに教えてくれた理科の授業。


その日の空は晴天。何もない空に恐くなっていくような錯覚。
私は今みたいにぼんやりと空を眺めながら、視界に映らぬ教師の話を聞いていた。


「愚かにも羽根を持った人間が彼に近づこうと空を舞えば、私たちは彼の怒りを買い、羽根は蝋で固められ、地に落ちる運命を辿ります」


「しかし、彼は地を這うと決めた私たちにもまた、課題を与えました。
彼を直接その瞳に映せば、その目は光を感じる事なく消滅するでしょう」


まるでお伽話のような口調で、先生は私たち子供に警告を放つ。
それは当たり前の、常識みたいな人間の秘密。太陽を見続けると、私の目はつぶれてしまうの。


「ねぇ、恭弥。何で太陽を見ると目が潰れちゃうのかな」

「知らないよ、そんなの。自分で調べな」

「・・・・・恭弥は雲雀だし、鳥目だからいいかもしれないけどさ、私は猫目なんだよ?」

「・・・名前は、殺されたくてそんな事言ってるの?」

「冗談のはんちゅうです」


だって、太陽ってばあんなにキラキラ輝いて、
それは宝石よりどんなに価値のある国宝よりもっときれいで神秘的で、
私の生きてきた数年間なんて蟻んこより短い、ちっぽけな、目にも映らないそんな存在で、
"輝き" とか "永遠" とか、私の欲しいモノ全部持ってて。


「ずるいじゃん・・・・・・」

「は?」

「自分ばっかりいいもの沢山持ってて、私たちには目潰ししかくれないんだよ」

「・・・・・・・・・」


ギリシャ神話の翼を蝋で固められた英雄も、あの太陽を目指して飛んだ。
私には羽根も無くて、宇宙に行ける程頭もよくなくて、頑張っても飛行機という鉄枠に抱えられて舞うのが限度。


――イカロスも私も、無い物ねだり、バカみたいだね。
そりゃさ、私には彼ほど切羽詰まった知的な理由も何もないけれど、


「私は、恭弥を照らせるキラキラとか、恭弥との永遠が欲しいんだ」

「へぇ・・・・・?」

「太陽ばっかり独り占め、ずるいよ」

「・・・そうかな?名前が言う程、彼はずるくも脅威でもないよ」


ふと、太陽が見えなくなって、影が世界を飲み込んだ。
さっきは恭弥に猫目って言ったけど、この暗闇へすぐに慣れない辺り、私は意外と鳥目なのかもしれない。
ぱしぱし、精一杯の瞬きをしてる間に、唇に生暖かい感触が触れ、恭弥の匂いが思考を包む。


「恭弥?」

「ほら、もうこれで見えない」

「うん、真っ暗。目が潰れないよ」


「永遠、なんて、死んだらわからなくなるでしょ」

「・・・そうだね、死んだらわかんないね」


「キラキラするのは構わないけど、僕の目まで潰すつもり?」

「盲目?やだなあ、視線の合わない恭弥なんて」


「それに、僕はここにいる」

「・・・あそこまでは着いて来てくれない、と?」

「名前と違って僕は人間だからね」

「・・・・・失礼な!」


まるで珍獣か宇宙人かのような言い草に頬を膨らますと、クスクス、少し厭味ったらしい笑い声が真上から降ってきた。
自分でも馬鹿な発言したなって、わかってるよ。解ってるけど、むかつくよ!

でも、むかつく半分、嬉しい半分。
だって私の言おうとした文句も愚痴も、全部上手く恭弥に吸い取られてしまった。


「欲張ると全て失くすよ」

「・・・うん、恭弥だけでいいや。もう満腹」




太陽がじりじりと、角膜へ痛いくらいの棘を刺す。
欲しいものは何一つ手に入らないのだと理解できた、退屈なあの日の授業と同じ、
見上げれば、そこには恐怖すら感じる青空と太陽が居て。
逃げるように手をかざし視界を覆っても、焼け焦げるような熱さに滲むのは涙雨。


――でも、そう。
有限を象徴するのは雲だけじゃなく、無限を感じさせるのは太陽だけでもない。
逃げても逃げても追い掛けてくる光の恐怖を、覆ってくれたのは一つの黒。


見上げれば、黒は優しく、私だけに柔らかな温もりを降らせてくれていた。



見上げたとき、
そこに君さえ
居てくれたらなら

私はもう何もいらない






かなり昔、素敵企画「domenica」様に捧げさせて頂きました。



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