くせ毛なのかセットしているのか解らない黒髪に手を忍ばせ、ワックス特有のべた付いた感触もハードスプレーのぱりぱりとした感触も無いことから、きっとくせ毛なんだと思う。真っ白に統一された空間で、この黒髪や椅子に掛けられた学生服の上着は酷く浮いていて、穴が空いているようにも見えた。

――幾ら髪を弄んでも目を覚まさない愛しい人。

そういえば入院から帰ってきたクラスメイトが「ヒバリさんは木の葉の落ちる音でも起きる」と言っていたっけ。普段から眠りが浅いのか、もしくは深い眠りなど知らないのか。どれだけ考えても、結局私は彼じゃないのでそんなこと解るわけがない。
ただ、木の葉の音で目を覚ますというのなら、彼が今目を覚まさないのは酷く不自然だ。それとも、私を放って置いて、変なことでもし始めたら弱みにするなど、そういった類のことを狙って狸寝入りをしているのだろうか。じゃなかったら、死んで・・・・・?


「・・・・・・・・・」


薄い胸に耳を寄せると、トクントクン、規則的な心音がちゃんと聞こえる。
まさかありえないことなのだけれど、ほっと自分の胸を撫で下ろして息を吐いた。


「・・・・・・・・・」


日本人形のように整った顔立ち。息も心音も似合わない、感情すら、消去されたような寝顔。
何だか無性に泣きたくなるのは、きっと私が到って秀でた取り柄もないただの人、だからだ。
不釣り合いな程愛しくて、止めどなく私と彼は均等じゃなくて、神様に「不公平だ」と悪態を吐いたところで、それは変わることのない事実。そして、この世には美人で秀才で万能な、まさに彼へお似合いの女性が存在することも、事実。現状で満足できないことがこれほど辛いことだと、今ほど思ったことはないかもしれない。

神様、私は彼だけの為に、美しい顔と、物覚えのいい頭と、何でも出来る器用な手の平が欲しいです。彼以外に使い道などない、才能が、


「・・・・・・・・ふ」


耐え切れずに零れ落ちた涙は、白いシーツへ薄い灰色の染みを作った。その染みと白の境界線がとてもぼやけて見える辺り、きっと更に涙が溢れてくるのだろう。
声を殺して、頭を駆け巡る醜い感情も、全部全部、殺して、彼が目を覚ましたときに、弱みだと笑われないように強く瞼を擦る。
ワイシャツの袖は着ている分まるで問題をきたさないが、今回のような使い方をすると大問題だ。思い切り擦ったまぶたが痛くて、もっと涙が溢れてくる。


(いや、心が痛いのか、な)


自分の香水の匂いが鼻を刺激して、もう既に涙は理由の無いものとなっていた。ごしごし、ごしごしと懸命に歯止めをかけても、やっぱり無意味。もうこれはきっとある種の格闘だと、根本的なことすらずれてきたけれど、気にしない。気にしたら、きっとまた同じ考えに戻って、堂々巡り。悪循環だ。


「・・・・・・・・・」


ふと、確実に自分の意思とは別のところで動く、袖。

痛い瞼を見開くと、お人形さんが目を開いて私の頬を拭ってくれた。


「・・・何、泣いてるの」


お人形さんはとても綺麗な声で、少し怒りを含んだように、言葉を放つ。
彼に対しての恐怖心は全くないけれど、この醜い心が溢れ出してしまうことの方が恐かった。


「・・・・・なんでもないよ」

「なんでもないのに泣ける程、君は器用じゃないでしょ」

「・・・・・・・・・」


器用じゃないですよ。美人でも、万能でもないですよ。(だからどうして、貴方の傍に居られる理由を探していたというのに!)


「・・・・・ねぇ、恭弥と別れてもいい?」

「・・・それで泣いてたの?」

「・・・・・・・・・」

「僕はヤダよ」


思わず顔を上げると、恭弥は怒っているわけでもなく、悲しげな顔でもなく、しいて言うならば、そう、空っぽな、あの寝顔のような顔で。


「だって、私は傍に居ていい人間じゃないよ」

「何でそう思うの?」

「・・・・・美人でも、器用でもない。私は何の、取り柄もない」

「馬鹿じゃない」


そう言った恭弥は、やっぱり空っぽで、まるで上の空というように言葉を紡ぐ。

いや、白に増えた双瞳という光のない漆黒のコントラストが、そう見えさせるだけなのかもしれないけれど。


「名前がいないと、僕は眠れないじゃない」

「・・・え?」

「僕の利益になることを求めていたんでしょ?」

「そう、だけど・・・」

「人間は一週間寝れないと死ぬという生き物らしいね」


――だから、僕は不本意だけど名前に生かされているんだ。

そう、恭弥は言った。
私は止まったはずの涙をまた零して、シーツを染めて、コントラストという穴を増やす。泣いている私の髪を静かに撫でていた恭弥は、「名前の泣き声って子守唄みたいだ」と呟き、またお人形へと戻って。私は夕暮れを睨み返し昔馴染みの子守唄を思い出しながら、緑のような漆黒に抱かれて白の中に落ちていた。


カラスと一緒に帰りましょう。

貴方の"生"を、繋ぐ為に。




僕の為に泣いて 鳴いて
カラスの枕
君の声は酷く安心してしまうから






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