追い掛けても 追い掛けても 何の真実も見えてこない。
あの人は雲をつかむように、何時だって消えてしまう。






――それは、月の奇麗な晩だった。
お父様の元に、上杉の使いの忍び、そして幸村様が向かった。
私は戦場へ赴くことのない一人の姫。その場に行きたくとも、徴収が掛ることはない。

覗き見てみるのも良いかもしれない。

そうは思ったものの、あの人がいつ私の存在に気がつくかわからない。
いや、でもあの人は三河に出ている筈だ――でも、もしも帰って来ていたのなら――

小さな恐怖が、私の邪魔をする。

顔を出す訳にはいかない。それでも、見たい。
そんな思いが相まって、居ても立っても居られなくなった。
それでも、立場上どうすることもできない私は、独り庭に出てみることにした。
本当に、月の奇麗な夜だった。

そうして、私がふらふらと歩いていると、二人分の声が聞こえる。
一人は幸村様。もう一人は――

二人の会話は、私が最も聞きたくて、聞きたくのない話題。

佐助さんの、許嫁について――

幸村様は、何か間違いがあるのではと言った。
きっと、それほどまでに相手の方の態度が薄情だったのだろう。
引き合いに出されたのは、私だ。


「かすが殿は、自分は佐助の許嫁ではないと・・・」

「そんなの、照れ隠しに決まってるでしょーが。ホント、女心にうといんだからー、旦那は」

「しかし、名前殿は某に優しゅうござる。佐助には悪いが、かすが殿の態度とは全く・・・」

「そりゃそうだよ、名前ちゃんは一国の姫、かすがはただの忍びなんだから」

「そういうものか・・・?」

「そうそう」


佐助さんがかすがさんを庇うたびに、心の臓が痛いくらい悲鳴を上げる。
それでも、私は辛いなんて言えない。言っちゃいけない。

だって、私は幸村様の許嫁なのだから。

まだ私を完全に正室として娶らせないのは、父上が私の心に薄らと気づいているから。
けれど、もしこのまま決意を変えられなくとも、その時は必ずやってくるのだろう。
父上も悪いお人だ。
私の恋慕う相手が佐助さんだとわかっていて、その主に私を娶らせようというのだから。

もしも、このまま私が嫁いだというのなら、ある意味私と佐助さんは一生切れない縁となる。
主の忍びと、主の正室。なんて酷い縁なのだろう。

私には、どうすることも出来ない、縁。

その夜、私はすぐさま自室に帰って、床に着いた。






あの日から暫く経って、ついに戦の前日となった。幸村様が眠る前に私の部屋へ訪れ、今回の戦についての流れを話してくださる。
私はただその言葉に聞き耳を立てながら、考えるのはあの人のこと。

幸村様にしてみれば、それは手ひどい裏切りに他ならないだろう。

あの人がとても純真なことはよく知っている。
そんな純真な人のことを、私は心の奥底で裏切っているのだ。

佐助さん――幸村様が最も信頼する部下への、懸想でもって。

私は、何重にも貼りつけた面の中で裏切っている。あんなに純真で、誠実な人を。

そんな背徳にも似た罪悪感やどうしようもない悲しさを抱いて眠れるはずもなく、ぼんやりと桜を見ていた。月に夜桜。美しい眺め。
私の心はこんなにも醜いというのに、景色を奇麗だと思う気持ちは残されているようだ。
しかし、そんな美しい景色を見ていると、まるで自分の醜さが露見してしまうような錯覚に陥る。
神様はとても、残酷だ。

ふと、その桜の木の元に一つの影が落ちた。


「・・・・・・佐助さん・・・」

「お姫様がそんな格好で・・・風邪ひくよ?」

「ふふ、こう見えて、意外と丈夫なんですよ。あの父上の娘ですから」

「いやに説得力あるなー、その言葉」


私の言葉に、佐助さんも笑う。佐助さんは、そのまま私の隣へ腰を下ろした。
既に戦装束である所をみれば、きっと佐助さんは誰よりも先に敵陣へ乗り込むのだろう。
忍びが定め――というやつなのだと思う。


「・・・・・・本当は、」 (本当は、ね)

「ん?」

「本当は、行かないでくださいと、申し上げたいのです」
(行かないで 置いて 行かないで)

「・・・・・・。・・・誰に?大将?」

「・・・・・・いえ」 
(貴方は解っている筈なのに、知っている筈なのに)

「じゃぁ、旦那?」

「・・・・・・そういうことに、しておきましょう」
(なんて・・・いじわるなひと)


私が精一杯苦笑してそう答えると、佐助さんは無言で私の頭を撫でた。


「佐助さんも、いつか奥方を娶られるのですね」

「・・・さぁ、それはどうだろうね」

「・・・え?」


佐助さんの言葉に、思わずその顔を見やる。佐助さんは、こちらを向いてはいない。


「しかし、許嫁の方がおられるのでしょう?」

「うん、まぁそうなんだけど・・・あれは単なる口実みたいなモンだから、さ」


そう言って、佐助さんは庭に立つ。私は彼の言葉の意味が解せぬと、その背中をみやる。


「だって、そうでも言っておかないと、アイツがいつか他の誰かに殺されちゃうかもしれないでしょ?」

「それはどういう・・・」


意味なのですか、そう問う前に、佐助さんが私へ向き直った。
月明かりを背にしている筈なのに、佐助さんの表情がよく見える。夜目に慣れてしまったのだろうか。


「アイツを殺すのは、俺一人ってこと」


嗚呼――

じくじく、まるで臓腑から爛れてゆくように胸が痛む。
このまま内側から腐り果てて死んでしまった方が楽なのではないかと思う程。

そんな言葉は聞きたくなかった。きっと、一番、聞きたくなかった。





ひとり鬼ごっこ
(手の届かない その熱情)


「・・・でもね、名前ちゃん。それ以上にこの手で殺したいのは君なんだ」

小さく呟かれた彼の本音が、私に届くことは無い。

(この手で貴女を殺すことが許されていたのなら)(誰かのものになる悪夢のような現実など、見なくて済むのに)




2009.12.27
うっかりアニメを見て書かずにいられませんでした。SASUKE・・・!





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