「ねぇ、お父様」

Still, the cat is it covets love.

「ボク、欲しいモノがあるんだ」




「今日はやけにご機嫌ね」


誰の曲でもないメロディーを、独り言のように口ずさむ。そうしたら、そのまま外へ出ようとしていたボクに、ラストおばさんが話し掛けてきた。いつから見てたんだろう。いつもなら癇に障る笑顔を浮かべるラストおばさんだけど、今日のボクは心が広いから、許してあげるよ。だって、本当に気分がいいんだ。


「無視するなんて、いけない子」

「だって、オバサンと話すことないしさぁ」

「あら・・・それは無いんじゃない?私たちの仕事を奪っておいて」

「いーじゃん。久々に休んでれば?」


オバさんの笑顔は、何を考えているのかさっぱりわかんない。別に、理解しようとも思わないけれど。ボクがわかればいいのは、お父様の気持ちと、あいつの気持ちだけ。


「それじゃぁ、ボク忙しいから」


右足で地面を蹴って、草臥れた建物を一つ一つ越えていく。空はまだこんなに青いけれど、ゆっくりしている時間はない。酷く焦るように走っていると、途中で二羽程、小鳥を轢きそうになった。


ちょっと今日は仕事の量が多いけど、それでもボクの機嫌は絶好調だ。


「取り敢えず・・・ヒゲのオッサンからでいいかな・・・」


都心に着き、辺りを見回す。方向を定めて、ボクはまた宙を舞った。一人、また一人と、確実に心臓を狙う。最期に遊んであげても良いんだけど、やっぱりボクにはそんな暇ないから。


「う、うわあああ近寄るな化け物!」

「うるさいなあ・・・ま、今日だけは勘弁してね?」


一発でしとめた偉そうなオッサンは、何も言わないただの塊になった。


「あ、でも、死んじゃったら明日なんか無いんだっけ?」


――・・・どうでもいっか。ボクには関係ないわけだし。








赤く染まった視界を拭い、最後の仕事を終わらせた。どれだけ瞬きをしても空が赤いのは、それだけの時間を知らせている。


「思ったより、遅くなっちゃった」


チョコマカと小賢しく動くターゲットを、探すのに手間取った。ホムンクルスって言ったって、探知機が付いてるわけじゃない。――それを知っててこんな条件。お父様も結構、意地悪いよ、ね。


遠ざかる太陽を追って、ボクはまた走る。“家”に着くと、出た時と同じ格好でラストオバサンが待っていた。


「お帰りなさい。仕事は済んだの?」

「何、疑ってるわけ?ちゃんとやったよ。そんな事を言う為に待ってたの?」

「お父様から伝言よ」

「へぇ、何?」

「七日経ったら必ず帰れ」

「はぁぃ。わかりましたー」


折角帰って来たけれど、ボクはまた足を動かせる。待ちわびてた最大の目的が、もうすぐ果たされるから。








「・・・・・着ーいた」


見慣れた一軒家を前にした時、太陽は沈み、半円の月が浮かんでいた。窓に灯った明かりを確認した後、ボクは古びた木の戸を叩く。


「はーい」


家の中からは、待ちに待ったご褒美の音が聞こえた。


「ナマエ」

「―・・・・・・あ?」


目をまん丸にして見開いた顔が、可笑しくてしょうがない。自然に頬が緩むけど、格好悪いとは思わなかった。もう、いい加減、慣れたし。


「っはは、久々の第一声がソレ?」

「・・・え?・・・や、何でエンヴィーが居るの?」

「一週間、暇潰させてよ」

「はぁ?」


意味を飲み込めないって感じで、ボクを見上げるだけのナマエ。もどかしくなって、その手を取り室内へ上がった。


「暫く会えないんじゃなかったの?」

「え?ボクそんな事言ったっけ」

「言ったよ!一昨日言った!」

「へぇー」


本当は、覚えてるけど。忘れた振りをするのは、さすがに格好悪いから。
今日でノルマ分仕事をしたら、一週間ナマエと居れる・・・とかさ?あんまりだっさくて、絶対言えないじゃん。


「ボク、仕事なくて一週間暇になっちゃったんだ」

「・・・・でも、突然来るとかありえない」

「来たかったんだもん」

「可愛子ぶっても駄目。私だって忙しいんだから」

「ねぇ、折角会えたボクの為に休もうとか無い訳?」


渋い顔をするナマエ。けれど暫く悩んだ末、苦笑いで口を開いた。


「・・・・・今回だけ、ね?」

「りょーかい。ってかボク可愛いし」

「はいはい」


差し出されたコーヒーを一気に飲み干して、ナマエの膝に頭を乗せる。


「・・・足痺れちゃうよ」

「気持ちいーよ。ボクは」


ナマエは呆れた顔を見せたけど、一息吐いてボクの頬を撫ぜた。くすぐったくて目を瞑ると、「子供みたい」だって。ボク、もう子供じゃない、っていうか、確実にナマエより生きてるのにさ。


「五月蝿いなぁー・・・・・・殺すよ?」

「あ、でも猫っぽいね」

「・・・・・無視とか信じらんない」

「どっか行ったと思っても、すぐ帰ってくるし」


ナマエの口は、止まることを知らないように、記憶の中のボクを撫でる。


「我侭だし、」
「自分勝手だし、」

「・・・・・でも、」


「でも?」

「何でも無い」


言いよどむ言葉の先が気になって、目を開く。だけど、ナマエの顔を見て、それはすぐに理解できた。


「ボクの事、そんなに愛しちゃってるんだ?」


表情は酷く穏やかで、 "母親" みたいな "女" みたいな目。ボクがそう言うと、ナマエは素直に「うん」と言った。




――髪を梳く手が心地良い。
今日は疲れたから、このまま寝てしまおう。


「・・・・・明日は、きっと晴れるよ」


やけに眩しい木漏れ日。ふと目覚めても、そこには必ず君がいて、ボクはまた、眠りにつく。
こんなくだらない瞬間が最高に幸せだって思えたのは、きっと君と出逢ってからだよ。


「おやすみ、エンヴィー」


Still, the cat is it covets love.
――そうして、猫は愛を貪る




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