目の前に横たわる異物。
右足でソレを軽く蹴ると、ソレは意外にも重く、ぐにゃりと動いたままの形で留まる。

「ナマエ・・・って、何やってんだあ?」

「サッカーボール」

「・・・・・。・・・死体でかあ」


呆れたように、盛大な溜め息を吐いたスクアーロ。
彼の言う通り、私が今蹴っていたのは、自分が殺した標的の死体。名前も忘れた、何処かのファミリーの雑魚だ。


「私も死んだらこうなるのかなぁ」

「・・・何が言いてえ」

「ぐにゃぐにゃクラゲみたいで気持ち悪い」

「死んでんだからしょうがねえだろお」


スクアーロは私の顔をぐいと持ち上げ、服の袖で私の顔に付着した返り血を拭う。「汚れるよ」と、忠告した私の言葉は、「帰ったら捨てるから大丈夫だあ」と言うスクアーロの一言で、終わらされた。
捨てると言いながら、スクアーロの戦闘服には私と違い一つの返り血もついていない。いつもはボスに足蹴にされて情けないようにも見えるのに、こういう時だけは流石ヴァリアー幹部だと思う。
強く、美しい、銀色の鮫。汚れを知らない、まるで人魚のような鮫。


「帰るぞお」

「・・・ん」


私の腕を、汚れていない方の腕が掴む。鮫のくせに温かいその手へ、何だか私は火傷してしまいそうだと思った。


――これは、数日前の話。


ヒュウヒュウと、耳障りな音が聞こえる。これはただの風ではなく、自分の肺から漏れる呼吸。
今日も私は真っ赤だった。しかし、それは殆どが己の血なのだけれど。


「(死ぬのかなあ)」


漠然と、そう思った。


「(死ぬんだなぁ・・・)」


そして、思わず笑ってしまった。
数日前、気持ち悪いと称したくらげのように、私の身体もなってしまうのだと思うと、笑うことしかできなかった。

けれど、それもいいのかもしれない――そう、認識を改める。
生きながらにしてあのような美しい生き物になれないのならば、死体になって同じ海の生き物になればいい。

だんだんと、身体に寒さを感じてきた。血が出過ぎているのだと、頭では認識出来ているのだが、それは何だか海をたゆたうような感覚に似ていると思った。


「こんっの、ばかやろお゙!!」


身を襲うさざ波に意識を手放しかけた時、耳をつんざくような声が鼓膜を震わせる。
次の瞬間、視界に飛び込んできたのは、銀色の鮫だった。


「よ・・・ご、れる・・・よ」

「喋るんじゃねえ゙この阿呆たれがあ゙!!」


狭まる視界では見えないけれど、私の身体を持ち上げたスクアーロの服も、長い銀髪も、きっと私の血で真っ赤になってしまっているのだろう。


「もっ・・・たい・・ない」

「何がだあ!!」


喋るなと言ったくせに、聞き返してくるスクアーロ。私は心の中で笑った。
私の頬に、もう表情を作る力は残されていないからだ。


「スクア・・・だ、め・・・きれ・・・なのに」

「お前はばかかあ゙!!」


こんな時でも、スクアーロの突っ込みは健在なのか。もしも私が笑えていたら、笑い過ぎてベルフェゴール辺りに気味悪がられそうだ。(私がそこまで笑うことは、滅多にないらしいから)


「す・・・くあ、ろ」

「何だあ!!」

「・・・す、き」


――だから、同じ海に還る私を、気持ち悪いなんて言わないでね。
そんな言葉までは、既に言える程体力が残っていなかった。


「じゃあ死ぬんじゃね゙え゙大馬鹿野郎お゙!!」


これほどまでに焦っているスクアーロを見るのは、久し振りだと思う。ただ、残り僅かな体力を使って告げた告白に、「大馬鹿野郎」は無いと思った。

――まぁ、でも。最期に見たのが美しい鮫ならいいか。
なんて、意外と私も女の子だったのかもしれない。(絶対、ベルフェゴールに馬鹿にされる)(死んだ後でもそれだけは避けたい)


「ナマエ、いいから聞けえ。お前は俺の心臓だあ!!好きだっつーなら俺を死なせるな゙あ゙!!」


――大馬鹿野郎はアンタだ、スクアーロ。
そんなことを言われたら、私は生きるしかないじゃないか。

美しい、銀色のアンタを生かすのが、クラゲになりかけた私だなんて、本当に、どんな告白より笑えるね。





「先輩、そんな事言ったんだ」
「うん」
「ぶっ、くくく・・・」

「ベル笑うなあ゙!!んでナマエもんなことバラすんじゃね゙え゙!!」




2009.02.14
琉夏様へ 相互記念

甘いんだか何なんだかよくわからなくなってしまってすいません。




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