「私ね、不治の病なの。」


先ほどまで犬と元気に戯れていた少女の口から、ふいに聞かされた言葉。
脈絡の無い話を彼女が突然振ってくるのは、いつもの事。けれど、今回は意味までわからない台詞だった。

彼女の健康状態は、保護者のような立場である自分が一番良く知っていて、直それは良好である。
風邪だと言うならばまだしも、"不治の病"と言われれば、頭を傾げるしか出来ない。


「だからね、不治の、病なの」

「どうしたんですか、いきなり・・・」


聞こえなかったと思ったのだろう、子供に言い聞かせるように区切りをつけてもう一度。
どうやら聞き間違いではないみたいだ。
僕が聞き返すと、名前は僕の目の前まで歩み寄り、隣に腰を掛ける。

影響の受けやすい名前のことだ、もしかしたらこの間渡した小説のせいかもしれない。
内容はあまりよく覚えていないけれど、それこそ不治の病である少女と、その恋人の物語。
だからと言って、悲劇のヒロインを演じるような、彼女ではないはずなのだけれど。


「人は、いつか死ぬでしょう?」

「・・・・・そうですね」

「例えば、癌で末期の人が居たとします」

「はい」

「すると、彼は思うはず。"余命の許す限り、やりたいことをしたい"」

「ええ、」


当たり前だ、と言葉を返すと、名前は 「だから私も、不治の病なの」
――全く持って、話の内容がつかめない。


「名前は癌でも末期患者でもないでしょう?」

「うん。でも、人がいつ死ぬなんて、わからないじゃない」

「それはそうですが・・・・・」

「だからね、私も、生きてる内にやりたい事を一生懸命するの」


「死ぬ前に後悔するのは、嫌だから」


ふいにその顔を見れば、彼女は笑っている。
決して笑える話じゃないと思うのだけれど、それでも彼女は笑っていた。


「犬とも、千種ともいっぱい遊んでおきたいし」

「はい」

「ランチアさんとも、もっと喋りたいし」

「はい」

「ずっとずっと、骸の隣にいたいの」

「・・・・・・はい」


そのタイミングで来るとは思っていなかった一言に、少し間を置いて頷く。
結局は、


「それは、死ぬまでずっと、やりたい事」

「・・・そう、ですね」


推理小説ではないけれど、やっと繋がった名前の言動。

彼女の言う不治の病は、まるであのボンゴレ十代目のよう「死ぬ寸前のやる気」を表して、
つまりは、生きてる間そのものが病だ、と。そう言いたかったに違いない。
そしてそれは、勿論死ぬまで変わらない事だ、という事で。

遠まわしだけれど、滅多に聞けない告白じみた台詞に、僕まで笑ってしまう。
あまりに愛しいものだから、その小さな肩を抱き寄せれば名前は易々とこの腕に落ちた。


「ああ、でもそうしたら、きっと死んでも後悔しちゃうな」

「どうしてですか?」

「だって、どれだけ一緒に居ても、もっともっとって、思うんだもん」


腰に回された手のひらへ、ギュウと力が込められた。
その瞬間香る柔らかいシャンプーの匂いが、更に僕の気持ちを穏やかにさせる。


「そうしたら、天国でまた、一緒に居ればいいんですよ」

「・・・・・・そう、だね!その方法があった!でも、みんな一緒に死ぬとは限らないよ?」

「大丈夫ですよ」




――名前の居ない世界には、一瞬たりとも居たくなどありませんから。




彼女の居ない世界など、生きる目的を失った屍と変わらない。
彼女が僕たちを置いていくのならば、僕らは何処までも追いかけよう。

耳まで真っ赤にさせて俯いてしまった、愛しい愛しい彼女の為に。


(そういう考え方があるのならば、僕も不治の病、ですかね)




肉体が消滅したとしても、治る事の無い病。
それは確証の無い"永遠"を具現化した、僕らの誓い。



きっと僕がまた死んでも
永 久 の 病
僕は君を探し続ける







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