静かな場所。人の多い繁華街を通り過ぎて、少し白みがかった息が静寂に溶ける。
昨日、地べたを舐めるように降り注いだ雨の行方は何処知れず、湿った匂いと水の足跡を残し去って行った。
少しずり下がってきたマフラーを元の位置に戻せば、ポケットから取り出した手は直に寒さを感じる。
指先から徐々に感覚が薄れて行き、雪国でも無いのに霜焼けてしまいそうだ。


「寒いな・・・・・・」


放つ言葉は誰の耳にも入る事なく、宙を舞って零れ落ちた。
見上げれば雨雲さえ取り払われた其処に、幾億では済まされないであろう星の数。
吸い込まれそうな夜の星々に輝きを奪われ、月は今日も休暇中だ。

透き通る空へ思い出すのは、お馴染みの誰しも知っているであろうメロディー。
口ずさめばきっと、この空虚な場所にはどんな呟きだって響くのだろう。


「うえをむいて・・・歩こう」


掠れた声はいやに耳障りで、けれど喉は止める術を知らない。
全ては脳で織り成される行為、私の心は歌わない事を望んでいないのだ。


「涙が、こぼれないように」


"思い出す春の日" "思い出す夏の日"


――ひとりぼっちの夜。


サヨナラを告げたのは、自分からで。引き止める彼の声、聞こえないふりをして逃げた。
雑踏といえど、彼の声が聞こえなかった事は無かったのだから。


『名前!』


焦燥を含み名前を呼ぶ彼に、振り向きたかった。でも、振り向けなかった。
何故だか怖くて、告げる前から震えだしていた足は、ただひたすらに逃げ道を辿る。
恋人なんて、言葉だけの誓いだとしても・・・破棄するのは悲しくて。
それでも、やっぱり愛してる分、私を見ているのか見ていないのか解らない彼の目は耐え難く辛かった。

本当のモノじゃないとしても、たった浮ついただけの一欠けらだとしても
我慢 我慢 我慢 我慢 は、もう、疲れちゃったんだよ?

嗚呼、どうして今日、雨が降らなかったんだろう。
傘なんて持ち歩かないから、びしょぬれになってしまっただろうけれど

こうして滲む星の理由を、全て雨に押し付ける事が出来たのに。
目に雨が入っただけ、何て、言い聞かせる事が出来たのに。

滲んだ星に、悲しみを隠せる影なんて見つからないよ。
お月様もお休み中で、私の為に光ってなんてくれないよ。


上を向いても、涙は重力に負けてしまうよ。


鼻の奥がつんとして、止め処ないものが流れ出した。

息すらも乱れて、どうしようも無くなって。
ぼたぼたとアスファルトに染み込んでいくそれが、欠けた何かを忘れる為みたいに見えた。


「芭、唐・・・・・」


名前を呼んでも、帰ってなんて来ないけれど 引きとめようとしてくれたその瞬間にだけ、初めて愛を感じたよ。

辛かった分だけ、大好きだった。


ねぇ、いつか上を向いても涙が零れなくなって
嘘吐きなこの歌を、真実だと納得出来るようになったら


君を思い出して、星の数を数えるよ。




嘘吐きな君に、

あの時 君が失った物は 夜空の向こうの星になった

嘘吐きな歌と、この涙を

濡らした頬は何時か乾いて きっと羽ばたけるから





song ...
"上を向いて歩こう" by 坂本九
"Star[K]night" by ナイトメア


2006.xx.xx
2012.05.15 再アップ




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