泣きたい

そう思ったところで何も理由なく泣くことなんかできやしないから、泣きたいが為だけに立ち寄ったのはレンタルビデオショップ。
いつからか、どうしてか、涙なんか出なくなった。
「感動の名作!」やら、「涙せずにこの映画は見られない!」やらのテロップが、酷く陳腐なモノに見えてしまう。
最新作で探そうも、最近の映画は映像が綺麗なだけで、前置きが長いわりに終幕はあっけないか、飽きるまで引っ張るものばかり。
折角こみ上げた感動も、その瞬間に全てが打ち崩される。


(映画で泣いたのはいつの事だったか?)


確か、人に言えば可笑しいと笑われてしまうけれど、エイリアン4で子供のエイリアンが死んだ時だったと思う。
妙に人間臭いエイリアンが、母親と認識している人間に殺された時、私は無償に哀しくなった。
「どうして?」と、人間の言葉を喋れたのならそう呟いていそうな、微弱な表情の変化に涙が溢れて。
隣で一緒に映画を見ていた友達は、そんな私を見て「何で泣くの」と笑っていた。
何で泣いたのかは、自分でもよくわからない。
でも、ただひたすらにそのエイリアンが憐れで、報われなくて、感情移入していたのだと思う。


最新作のコーナーから、古い映画のコーナーへと足を進めていく。


エイリアン4の背表紙を見つけたけれど、あれはもう繰り返されるロードショーのおかげですっかり泣けなくなってしまった。
視線を逸らし、他の映画へと移していく。
色とりどりの背表紙に夜道を歩いていたせいか、多少目がチカチカした。


(他に、泣いた映画はあったっけ)


古い記憶を探っていくけれど、出てくるのは泣いているせいで歪んだテレビの画面だけ。
内容も題名すらも覚えていない、そんな物語に涙していた過去の自分。
切ない感情を思い出し、更に泣きたくなった。
何故泣きたいのかなんて、自分でも解らないけれど。


過去を、過去を、


そうしている内に、明確なイメージが浮かび上がる。
しかしそれは映画の一場面や題名等の類ではなく、輪郭までくっきりとした人間の顔、姿。


(あぁ、懐かしいな)


自身がイメージしたものにも関わらず、ふと、歩みを止めてしまった。
釣りあがった目じり、脱色で痛んだ髪、不敵な微笑み、甘いガムの香り。
まるで手を伸ばせばそこに温もりがあるかのように、鮮やかな思い出の端。
忘れかけていた、日常には名前すら浮かばなかった三年前の記憶を、思い出した。


『芭唐!』


嬉々とした声でその名を紡ぐのは、三年前の自分。
現在でも十分若いのだけれど、さらに幼さを増した顔、真新しい中学の制服に身を包んで。


(そういえば、あれから、かな)


泣けなくなったのは、二年へ上がると同時に離れなくてはいけなくなった義務教育の定め。
親の転勤、なんて在り来たりな事情で、隣に居た筈の人を失くしてしまってからだ。
あの時は、泣いて、泣いて、永遠の別れでもないのに、馬鹿みたいに泣きはらした。
傷ついたわけじゃない、傷つけた人なんかいない。
だから当てのない悲しみを、自分の中で消化出来ずに。


――あ、だから泣きたいのかもしれない。


消化しきれなかった想いばかり募り、結局連絡を取らなくなってしまった彼を、思い出す為に。
過去に置いてきてしまった涙を、取り戻したくて。


けれど、そんなの気付いたところで無謀な話だ。
私は置いてきたけれど、それの全てを持っているのは彼――御柳芭唐。
当時から軽い男ではあったし、きっと私の事も忘れて今頃他の女の子の腕の中に居る筈だ。
顔を合わせたって、気まずいだけ。故意に忘れた涙は帰ってこないだろう。


それでも、


(会いたいな)


会って、泣いて、縋り付いて、あの頃出来なかった事を実践してみるのもいいのかも知れない。
何故か彼の前だと、泣ける気がした。




「取り敢えず、どいてくれ」


哀愁に耽っていると、先に見た最新映画のように感情を打ち砕く不粋な台詞。
本能的に振り向けば、其処にはどこかで見たことのあるようなないような、無表情面のデカい青年が立っていた。


「・・・・・・・・・」

「・・・どけ・・・ください」


失礼な言葉を浴びせようとしたにも関わらず、後々訂正するその口調。
日に焼けた顔と相反した白い髪は、過去にも先にもたった一人といえる人物。


「・・・・・・冥?」

「・・・、・・・誰だ?」


疑問を投げかけるとどうやら正解のようで、彼の眉は怪訝に歪められ、怪しげな人物を見るかのような視線。
見た目は変わったけれど中身は変わってない、幼馴染の、犬飼冥。
何だかこう言うと、某探偵漫画が出てくるのは先ほどその映画の背表紙でも見たせいか。


「冥キューン、素敵な映画でも見つかったぁ?」


何とも言えない数秒の沈黙を破ったのは、そのガタイに見合わぬ三つ編みをした女。
思わず呆気に取られてその子へ見入っていると、何かに気付いたのか、冥が口を開いた。


「・・・名前、か?」

「あ、うん。久しぶり・・・」

「ちょ、冥きゅん誰!?もしかしてアタイという存在がありながら現地妻を作ってたのね・・・!」

「え、冥の彼女・・・?」

「・・・とりあえず、男だ」


頭が痛いという仕草を取る冥に、更に私の疑問は深まる。
だって胸ついてるし、化粧してるし、女言葉だし、ガタイはいいけど・・・。
と、視線を戻せば、今度は茶髪の男の子がニヤニヤとした笑顔で私を見ていた。


「あ、あれ?さっきの、女の子?」

「うっす、猿野天国です!この犬とはしいて言うなら主従関係っす」

「主従・・・?」

「黙れ能無し猿。とりあえず、違う」

「えーっと、このガン黒犬とお嬢さんはどういった関係で?」


青筋を浮かべる冥を無視し、話を進める茶髪の子。


「冥とは・・・幼馴染?」

「あ、そうなんっすか!俺は不本意にも野球部という悪戯な運命に惑わされた関係っす!」

「そ、なんだ・・・・・」


何だかよくわからないけれど、彼と冥は友達らしい。
「そういえば信二は元気?」と、いつもくっついて離れなかった存在を聞こうとしたら、大きな声に遮られてしまった。


「猿野ー!いいモンあったKaー!?」

「猿のお兄ちゃん!置いてくなんて酷いよ〜!」


わらわらと沸いてくる、多分他の友達。
どうしていいものか解らずに、私はその場に立ち尽くすことしか出来ないまま。


「あ、何か知らない子がいる!」

「は、初めまして・・・・・」

「Hey!こりゃキュートな子猫ちゃんがいたもんだZe!」

「・・・・・・・・・・・・」


もう訳が解らない。
どうして冥がこんな所にいるのか、信二は如何しているのか、それすらもどうでもよく感じる。
泣くどころか目前のハイテンションにさえついていけず、頭の中は混乱ばかりだ。


「あれ?歌舞伎ヤローは何処行ったんすか?」

「アイツなら、後からくるZe?俺たちは走って来たからNa。もう着くと・・・「俺が何だって?」


三年ぶりの幼馴染+愉快な仲間たちの後ろから顔を出したのは、見間違えるわけもない人。
先ほどまで脳内を占めていた、彼本人。


「芭唐・・・・・?」

「あ?」


ぷくりと膨らませたガム、微量に香る甘い匂いは変わらずに。
少し大人びた彼、が、嘘みたいに立っていた。


「名前・・・・・?」


忘れられてなかった、名前。
たった一目で、紡がれた、己自身の。


「ば、から・・・・・」


混乱は増して絡んで、現状なんてよくわからないままだったけれど、何だか先ほどまでの切なさだけがクリアになる。
徐々に緩んだ視界は、本当に全てが夢だという程、遠い蜃気楼を見ているよう。
だけど腕を掴むこの温もりは、人並みを割って私を引くこの腕の力は、それを現実だと固定した。


「・・・んでこんなトコに居んだよ・・・」

「そっち、こ、そ・・・・・」

「・・・・・・また泣くし・・・」


“また”じゃないよ。ずっと、泣けなかったんだよ。
でもサヨナラをした三年前、私はずっと、泣いていたから。
きっとそんな印象が、強かったんだろうね。


抱きしめられた腕が、心地よい。
昔とは違う大きな胸板は、私と同じくらい跳ねていた。


お互い何も言わずに、私の嗚咽だけが鼓膜に振動を伝える。
涙腺が還元されて、やっと戻ってきたこの痛みと、満足感。




泣きたいだけの衝動は、君と築いたあの日々をきっと君を思い出す為だったんだ。
さっきの茶髪君に言わせれば、この悪戯な運命を予期した本能的な衝動。


取って付けたような理由だけれど、胸にすとんと落ちてくるように何故だか納得して




三年間溜め込んだ涙と彼を、私はやっと取り戻した。





泣かせて

ね だから 今度こそもう

(離れないように)








この話は、選抜試合最中の一コマということでお願いします。
取り合えず、天国も虎鉄も犬も比乃も出ただけ要素。


2006.xx.xx
2012.05.15 再アップ




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