此処は逢魔ヶ刻商店街にある、一軒の小さな洋服店"ゴビ"。裏の読めない笑顔を浮かべた店長が経営する、ちまたで人気の店だ。

――その店で、事件は起こった。




「最近の弁天?」


ゴビの店長である白狐は、膝に鈍の頭を乗せ、キセルをふかしながら目の前の少女へ問い掛ける。少女は、大きな漆黒の瞳と長い睫毛を少し濡らしながら、コクリと頷いた。


「どうしたの、名前ちゃん?」

「何か、最近変なの・・・」


そう呟くように言葉を吐いた名前の唇は、小刻みに震えている。


「変って?」

「メールしても返事くれないし、電話しても出てくれないし・・・かけ直してもくれないんだよ?その上、何でなのか昨日聞こうと思ったら・・・門前払いにされちゃって・・・」


名前の瞳から、ついに堪えきれない涙が零れ落ちた。白狐は「おやおや」と心配そうに言いながら、名前へ真新しいハンカチを渡す。


「んー・・・何となくだけど、理由はわかるよ」


そう告げた白狐に、名前は「本当!?」とテーブルへ前のめりになって目を輝かせた。


「・・・名前ちゃん、弁天ってモテるよね?」

「え?あ、うん。モテると思う」


理由を教えてくれるのかと思いきや、白狐は検討違いな質問をしてくる。眉目秀麗な弁天がモテることは昔からであり、最近様子がおかしいことと何ら関係はない。名前の頭はクエスチョンマークだらけだ。


「弁天は、そりゃ男女見境なしにモテる。だからこそ、昔はとってもやんちゃ坊主だったわけだし」

「うん」

「だけどね、名前チャン。あの弁天が、いつからだったっけな・・・取り敢えず、今女遊びはしてないんだ。あの弁天が、ね」

「・・・うん」


そこで、名前はふと思い当たることがある。所謂、女の勘というやつだ。


「もしかして、弁天・・・」

「うん、好きな人ができたみたいだよ」

「う、そ・・・」


それならば、納得がいく。
返事を返さないのも、電話をかけ直してくれないのも、好きな人に疑われるのを考慮して行われていたのだとしたら、名前のしていた行動は迷惑以外になり得ないだろう。怒った弁天に、門前払いにされても仕方のないことだ。


「あ、わ、私・・・弁天にすごい迷惑掛けちゃった・・・」

「へ?」

「だって、そんな・・・嫌われる、かなあ・・・」


更に涙を零す名前に、今度は白狐がクエスチョンマークを浮かべる。


「名前チャン、何か勘違い・・・「紺!!人のプライベートを本人の許可なしで広めてんじゃねえ!」


白狐が何かを言いかけた時、ゴビのドアが勢いよく開かれた。一瞬にして、二人の視線がそちらへと向けられる。その先には、買い物をしていたのか、紙袋を片手に下げた弁天が、鬼のような表情で立っていた。


「弁天・・・・・」


その姿を見るなり、名前は慌ててソファの後ろに隠れる。子供が親に叱られる時の条件反射と同じだ。


「妙なタイミングで帰って来たね、弁天」

「妙だと?完全に出遅れだ!人の過去をべらべら名前に喋りやがって!」

「やだなぁ、意思確認だよ」

「な・に・が、意思確認だ!単なる暴露大会じゃねーか!」


自分の真上を飛び交う白狐と弁天の言い争いに(一方的だが)、名前は更に身を小さくする。名前がここまで怒った弁天を見たのは、これが初めてだった。


「あー、ほら、弁天が怒鳴るから、名前チャン、怯えてるじゃない」

「そいつもそいつだ!俺の話なら俺に聞きにくりゃいーじゃねーか!!」

「名前チャンを門前払いにしたの、誰だっけ?」

「うっ・・・・・」


言葉を詰まらせる弁天をいいことに、白狐は笑みを深くし、更に畳み掛ける。


「それに、聞いてたなら入ってくればよかったじゃない」

「ぅうっ・・・・・」


完全に面白がっている白狐を、弁天は思い切り睨みつけた。


「顔真っ赤にして睨まれても迫力ないよ」


それも、どこまでも上手な白狐に、一蹴りにされてしまったが。


「ッあー!!もう面倒臭え!!」


そう言って、弁天は空いてる方の手でおもむろに綺麗な金髪を掻きむしると、ズカズカと縮こまる名前へ近寄る。自分の目の前で弁天が歩みを止めたことがわかり、名前の肩は思い切り跳ねた。


「避けるつもりはなかったし、嫌ったわけでも迷惑なわけでもねぇ。俺自身、どうしていいのかわかんなかったんだよ。だから取り敢えず、顔上げろ」

「・・・・・・・・・」


弁天がそう言うも、涙でくしゃくしゃになってしまった顔を上げることが、名前には出来ない。けれど、嫌われてないことがわかり、内心は安堵していた。


「悪かった、だからこっち向け」


その台詞には、白狐も驚いた。俺様至上主義である弁天が謝るだなんて、天変地異でも起こりそうな程に珍しい。


「・・・ったく」


しかし、それでも顔を上げようとしない名前に、弁天は痺れを切らし、無理矢理立ち上がらせる。名前はただ、いやいやと首を振った。


「顔見て言わねーと意味がねぇだろうが」

「・・・な、にが・・・?」


そんな弁天の言葉に、名前が問い掛ける。
すると、弁天は麗しい顔を真っ赤に染めたながら、名前の柔らかな頬を両手で掴み、


「お前が好きだっつってんだろ!!」


思い切り叫んだ。





「あーあ、弁天がいきなり言うから、名前チャン固まっちゃったじゃない」
「勘違いするこいつが悪い」
「勘違いさせたのは弁天でしょ?」
「うるせぇっ!」


!!




2009.04.19
むつき様へ 相互記念



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