僕には、目に入れたって痛くも痒くもない・・・どころか、いっそ彼女が他の男にいつか取られてしまうくらいなら、目の中に収めておきたいと思う程可愛い、一つ下の妹がいる。
息を切らして、頬を染めながら「お兄ちゃん!」なんて駆け寄ってくる姿は、まるで母親にくっついて離れない子猫のような愛らしさ。


「お兄ちゃん!」


今日も、大広間で食事をしようとしていた僕へ、そんな少女が駆け寄ってくる。チキンを切り裂くナイフを止めて、「なんだいナマエ?」そう答えようとした僕の目には、入れても痛くも痒くもない少女と一緒に、大きな異物が転がり込んだ。


「見て!犬!犬拾ったの!」


――今日の夕食は大好物のチキンだっていうのに、君がいないのはおかしいと思ったんだよ。


考えればそのくらいわかる筈なのに、どうせ中庭で眠りこけて、寝過ごしてしまったんだろう――その程度にしか思っていなかったことを、今更悔やんでも遅かった。
息を切らし、頬を紅潮させて、晴れやかな笑みで愛しい妹が引きずってきたのは、自分の半分くらいもある大きな犬――もとい、魔法薬学の授業から姿を消した、僕の大親友であるシリウス・ブラックだった。






「・・・・・その犬、何処で拾ったんだい?」


今すぐ離しなさいと、出かけた言葉を飲み込む。ナマエに悪気があるわけじゃないだろう、あの子は昔から、動物が大好きなんだ。
ナマエはやっとの思いでグリフィンドールの席に着くと、ローブの袖で汗を拭いながら、僕に向かって「中庭!」と、更に笑顔を濃く答えた。大方、僕の予想は外れてないだろう――魔法薬学の授業をサボったシリウスが、中庭で寝こけてる時、何かが起こったのだ。


犬の姿のまま引きずられてきたシリウスは、僕を見て「ジェームズ助けてくれ!」とでも言いたげな視線を送ってくる。僕もそうしてあげたいところだけど、何分、拾ってきたのは僕の妹だ。彼女の性格は、ホグワーツで僕が一番知ってると言っても過言じゃないだろう。
そう簡単に、ナマエが折れるわけはないのだ。特に、動物に関しては。


ナマエは自分の皿にチキンを乗せると、半分に切り分け、もう一枚の皿に乗せて、シリウスの前に置いた。
腹も減っていたんだろう――シリウスは貪りつくように、チキンへかじりつく。取り敢えず、大好きなチキンを食いそびれなくてよかったね、親友よ。


「それで・・・ナマエは、その犬をどうするつもりなんだい?」

「んー・・・取り敢えず今日は部屋につれてく。怪我、してるし」


そう言われて急いでシリウスを見ると、確かに彼の右前足へ包帯が巻かれていた。手当は勿論、ナマエがしたんだろう。きっと、これが彼の囚われた理由でもある筈だ。


「でもナマエ、ホグワーツで犬は飼えないんだよ?」


それは校則で決まっているのだけど、「ダンブルドア先生が、怪我治るまでは良いって言ってた」――流石は僕の妹だ。可愛くて子供っぽいのに、手回しは迅速過ぎる。
囚われの親友へどう助け船を出そうか考えていると、監督生の会議へ行っていたリーマスがやってきた。彼は僕の隣に座っているのがシリウスじゃないことに驚き、ナマエの足元を見てなお驚いたように目を見開き僕を見た。


「やぁ、リーマス。お疲れ様」

「あ、うん・・・ありがとう」


取り敢えず、僕はナマエが座っていない方の椅子を引き、こっちに掛けなよとジェスチャーする。ナマエは呑気に「こんばんは、リーマス」なんて笑顔を振り撒いた。愛らしい頬には、チキンにかかっていたソースがついている。


「こんばんは、ナマエ・・・その犬はどうしたの?」

「中庭で拾ったの」


素晴らしい笑顔で返されたリーマスは、「そうなんだ・・・」と苦笑いで返事をし、僕の耳に囁いた。


「・・・あれ、シリウスだよね?」

「あぁ、間違いなく僕らの親友だよ、ムーニー」


僕の返答に、リーマスが表情を固める。シリウスもリーマスの登場に気付いたのか、チキンから顔をあげ、戦力が倍増した僕達へ尻尾を振った。ああ、何て情けないんだ。


「そういえばムーニー。ワームテールは?」

「ああ、課題が終わってないって、図書室で泣いてる」

「・・・そっか」


実は、ナマエはピーターのことが結構好きらしい。しかし、その好きは好きと言っても、恋愛感情の好きとは違い、マスコットを可愛がるような好きなのだけれど。ピーターがいれば、彼女はシリウスという犬から興味の矛先をずらしてくれるだろう・・・という僅かな可能性も、"課題"という一言で無残に奪われた。さすがに、無理矢理ピーターから課題を放棄させても、泣いてる彼にナマエはいつもの興味を示さないだろう。(というか、後で僕がとっても怒られる)(シリウスを助ける余裕なんてなくなるよ)


「そういえば、あの黒い人は?」


ナマエは何の興味もなさそうに、食後のプディングを食べながらそう言った。黒い人と形容したのは、いつも僕と一緒にいる――そして、今彼女の足元でプディングを物欲しそうに見ている――シリウスのことだ。ナマエはシリウスがどうも苦手らしく、名前すらまともに呼ぼうとしない。犬になればこんなに可愛がってもらえるのにね。
・・・なんかムカつく。何でこんな犬が(仮にも親友だけど!)僕の最愛の妹の隣でその愛らしい手に撫でられなきゃいけないんだ!


「・・・お兄ちゃん、かお、こわいよ?」

「え!?」


いつの間にかシリウスを睨みつけていたのらしく、ナマエは訝しげな顔で僕を見ている。ついでに、シリウスもしっかり気付いていたようで、心なしか怯えているように見えた。


「もー!ブラックが怖がってるでしょ!」

「「・・・・・・はぁ!?」」


うっかり、僕とリーマスの声が重なった。あれ?ナマエはシリウスの正体に気付いていたのか?


「え?何?どうしたの、二人して」


途端、不安げな表情になるナマエへ、固まっている僕の代わりにリーマスが口を開いた。


「ナマエ・・・その犬・・・ブラックっていうの?」

「うん、黒いからブラック」

「あ、そういうことか・・・」


うっかり納得した僕に、リーマスは「どういうことさ?」と聞きたそうな視線を送ってくる。シリウスがナマエから苦手意識を持たれていることは、本人さえ黙認していることだ。気付いていたなら、シリウスを足元に置いて愛でたりはしないだろう。
僕がリーマスに「ナマエはシリウスの家名を知らないんだよ」と耳打ちすると、リーマスも「なるほどね」と納得したようだ。僕達が名前かあだ名しか呼ばないため、そういえばナマエはシリウスの家名を知らないんだ。あーあ・・・焦って損した。


「じゃあ、私先に行くね!」

「う、うん」

「またね、お兄ちゃん!リーマス!あ、ピーターにもよろしく伝えておいてー」

「わかった」


華奢な妹に引きずられていくシリウスを見てると、僕はいつだかマグルの世界で聴いた「ドナドナ」という童謡を思い出した。
哀れな親友の売られた先は、いくら可愛くとも、結局は僕の妹。――・・・合掌。






・・・というのも、あまりに可哀相だったので、僕は女子寮と男子寮の狭間でシリウスを待つことにした。勿論、きちんとした理由もある。
シリウス本人は自覚がなくとも、彼はモテる。女を常にはべらかしているシリウスが、僕の最愛の妹と一緒にいる・・・となると、過保護と言われようが、兄の僕としては心配なのだ。親元から離れて暮らしているホグワーツで、ナマエの身を守れるのは僕だけなのだから!
ついでに、シリウスが失態を犯してナマエに正体がバレてしまったら、もうリーマスの所に毎月行けなくなる。下手をすれば退学処分だ。僕は妹も心配だけれど、勿論、親友達も心配なのだ。
なんて良いお兄ちゃんなんだ、僕。なんて良い親友なんだ、僕。絶対に良い恋人になる筈なのに、リリーはどうして振り向いてくれな(略)


――・・・取り敢えずそんなわけで、談話室でシリウスを待つ僕。
時刻はもう今日を昨日に変えてしまっていて、談話室には人っ子一人見当たらない。それでも、シリウスは帰ってこなかった。
こんなこともあろうかと、持参してきた本ももうすぐ読み終わってしまう。僕が少しばかりうとうとしてきた時に、それは起こった。


――ズベッ ザアァァ・・・


女子寮から、何かが滑り落ちてくるような不可解な音が聞こえてくる。
ああ、確か女子寮は男子禁制で、入ると階段が滑り台になるんだっけ。懐かしいなあ、リリーの部屋に行こうとして、僕も何回か失敗してるんだよね。
現在女子寮にいる男子といえば、シリウスくらいだろう。哀れシリウス、滑り台になることを、君は忘れていたんだね。(僕が今まで何度も忠告したのに)


・・・そういえば、鹿の姿になれば上手いこと潜り込めるんじゃないか?ペットには反応しないもんね?


「こいつは良い案だ!シリウスありがとう!流石僕の親友だ!」


そう叫んだはいいものの、僕は解せない点に気付いた。


シリウスは犬のまま女子寮に入っていった。でも、今、女子寮が追い出そうとしているのは、どう考えてもシリウスだろう。透明マントすら通じない階段だ――シリウス以外に入り込める奴なんか、僕とピーターくらいなもんだろう。


「じぇじぇじぇ、ジェームズ!」


女子寮の魔の滑り台(僕、命名)から滑り降りてきたのは、人間の姿のシリウスだった。


「な、なな何やってるんだいシリウス!!」

「何ってお前の妹に連れていかれたんだろうが!」

「違うよ!わかってるよ!何で人間のまま帰ってくるんだ!」

「あ・・・・・」

「・・・。(・・・気付いてなかったのか)」


僕が長い長いため息を吐き出すと、シリウスはむっとした表情で、僕の隣にどかっと腰を掛けた。けれど、何故か耳が赤い。


「・・・なぁ、ジェームズ」

「なんだい?」

「アイツ・・・ナマエは、俺の正体知らねーよな?」

「知ってたら僕が問い詰められるだろうね」

「だよなあ・・・」


シリウスはうんうんと頭を傾げている。もしかして、名前のことだろうか?


「ブラックは黒いからだと言っていたよ、パッドフッド」

「そうじゃねーんだ」

「じゃあ、なんだい?」

「ナマエはさ、俺のこと嫌いだよな?」


素っ頓狂な質問に、僕の目が点になる。それは暗黙の了解だ。ナマエの態度を見てればわかる。


「嫌いというか、苦手なようだね」

「だよなぁ・・・」

「どうしたんだい?本当に」


すると、シリウスの色白な頬っぺたは、どんどん赤みが差していった。


・・・おや?


「あいつさ・・・」


・・・おやおや?


「寝言で言ったんだよ・・・「シリウス」って・・・」

「へぇー・・・って、何だって!?


その後、呆然とする僕に「シリウスって名前、ホグワーツに俺以外いたっけ?」と、更に素っ頓狂な質問をする親友に、僕はチョップを食らわした。


犬と猫は
結婚できるのかしら?



なんてこった!もしかして、名前を呼ばないのも苦手なのも、奥手な乙女の恋心!?
お兄ちゃんはそんなの 許し ま せ ん !!




TITLE BY 透徹
2008.05.08



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