01. Schnee Weischen




昔々、ある大きな国に美しい王様と心優しきお妃様が幸せに暮らしておりました。
美しく頭の良い王様により、国はいつでも栄え、心優しきお妃様により、民はいつだって二人を慕いました。

そんなある日、国中に幸せな知らせが届きました。

「朗報だよ!朗報だよ!」
「心優しきお妃様が美しい王様の子供を授かった!」

その知らせを聞いた者はとても喜び、噂は瞬く間に国中へ広がってゆきました。
農民は採れたての果実を手に家畜を引き、商人は金銀や美しい宝石を持ち、
野良猫も、野鼠も、兎も犬も皆大喜びで、自分に用意できるだけのお祝いを持って王宮へ行きました。

それを見た王様はとてもとても感動し、子供が生まれたら国中で盛大なパーティーを開こうと決めました。
勿論、その知らせを聞いたのは民や動物達だけではありません。

ある日、お妃様は窓辺で生まれてくる王子様かお姫様の為に靴下を編んでいました。
お妃様は靴下を編みながら、大きくなっていくお腹を見て言いました。

「雪のように白く、血のように赤く、窓枠の木のように真っ黒な子どもが生まれたらいいのに」

それを聞いた神様は、こっそりとお妃様のお腹に魔法をかけました。
国中に慕われる素晴らしい夫婦の子供を、神様も心待ちにしていたのです。
お妃様の知らぬ間にかけられた魔法は、神様からのささやかなプレゼントでした。

朗報から十月十日が経ったあくる日、お妃様はついに子供を産み落とされました。
一番に知らせを受けた王様は、助産婦の言葉を聞いて大層驚きました。

「生まれた子は、元気な男の子と女の子です」

お妃様が生んだ子供は、なんと双子だったのです。

急いで駆けつけた王様の目に飛び込んできたものは、生まれたばかりの子供を抱くお妃様の姿でした。
幸せな涙を流す王様とお妃様の腕に抱かれた王子様とお姫様。
二人は雪のように白く、血のように赤い頬や唇、黒檀のように真っ黒な髪をしていました。
王様とお妃様はその時初めて神様のプレゼントに気付き、夜空の向こうへ感謝の祈りを捧げました。

お妃様と二人の子供が夢を見ている間、王様は国中に生誕パーティーの招待状を送りました。
農民も商人も、森の動物達も、誰一人残さず招待状を受け取りました。

当日は素晴らしいパーティーが行われました。
宝物やご馳走を持って訪れたお客様は、王宮に入りきれないほど王子様やお姫様の為に詰め掛けました。
王様は国中の者へ誰一人残さず招待状を送ったのですから。

そう、誰一人残さず招待した・・・その筈でした。
ところが、神様の計らいによって空へ描かれた美しい星の夜へ、おどろおどろしい雲が差し掛かりました。
雲は早々と星空を包み込み、辺り一面が真っ暗になったかと思うと、切れ間から一人の女性が降り立ちました。

民を避け、王様とお妃様、そして生まれたばかりの王子様とお姫様の前に現れたのは、かんかんに怒った魔女でした。
魔女は王様とお妃様に会釈すると、不気味な高い声で聞きました。

「さて、今日は何のお祝いかね?」

その魔女は、街外れにある腐海の森に住む美しい魔女でした。
恐ろしい魔法を使い、民や動物達を怖がらせている魔女を、王様はとても嫌っていました。
大切な我が子を酷い目にあわせることなかれと、王様は魔女をパーティーに呼びませんでした。
従順なしもべ鴉にパーティーの事を聞いた魔女は、自分だけ呼ばれなかったことに腹を立ててやって来たのです。

「美しい腐海の森の魔女様、今日は私達の子供のお祝いですの」

何も知らないお妃様は、魔女もお祝いに来てくれたものだと思い、笑顔でそう告げました。

「あらあら、そうだったのかい。街が騒がしいと思ったら、そんな素晴らしいパーティーだったのかい」

それを聞いたお妃様は、首を傾げて王様を見ました。
王様は美しい顔を歪め、眉に皺を寄せながら魔女を睨みつけて言いました。

「恐ろしい魔女が、祝いの席に何の用だ?」
「これはこれは、何と酷いこと!あたしは誰にも、パーティーだなんて聞いちゃいなかったんだよ!」
「それで、何の用だと聞いているのだ」
「あたしもね、麗しい王様と優しきお妃様にプレゼントを持ってきたんだ」

魔女はニタりと、厭らしい笑みを浮かべてまだ小さな王子様とお姫様を見詰めました。
怯えた瞳で見やる者達に囲まれながら、魔女は杖を二人の子供に向けます。
魔女が呪文を唱えると、キラキラとした光が子供達の眠るベビーベッドを包み込みました。

「美しい王子様にお姫様、親愛なるお妃様が望んだよう、あたしからも血のように赤い美をプレゼントしよう」

魔女はそう一言だけ告げると、おどろおどろしい雲を引きつれ、再び腐海の森へと帰って行きました。
残された人々が恐る恐る子供の顔を覗き込みましたが、二人は魔女が訪れる前と変わらずの姿で寝ています。
ほっとした王様は、怯えきってしまったお客様に言いました。

「魔女の呪いは失敗したようだ、気を取り直してパーティーの続きを始めよう」

王様の言葉に安心したお客様は、再び笑顔で素晴らしいパーティーを祝いました。
その宴は、次の日の朝まで続けられました。

生誕パーティーから二ヶ月が経つ頃、お妃様には一つ悩みが生まれていました。
王子様とお姫様はとても元気に育っていますが、いつまで経ってもその目を開けようとしないのです。
二人を取り上げた助産婦に聞いても、優秀なお医者様に聞いても、皆首を傾げるばかりでした。

ある日、静かな城にお妃様の叫び声が響き渡りました。
驚いた王様や召使がお妃様の部屋に駆けつけると、お妃様はベビーベッドの傍らで静かに泣いておりました。

「どうしたというんだい?」
「子供が、子供の目が・・・」

酷く狼狽えた様子のお妃様の言葉に、王様は急いでベッドを覗き込みました。
其処には美しい王子様とお姫様の笑顔がありました。
しかし、開かれた目蓋の奥にある瞳は、人間の物と思えない程、血のように真っ赤な眼球だったのです。

お妃様はあまりの悲しさへ病魔に侵され、床へ伏せてしまいました。
大切な我が子をこのようにしてしまった心当たりが、王様にはありました。

美しい腐海の森の魔女の呪いは、失敗ではなかったのです。

大変怒った王様は、国中から腕の立つ騎士達を集め、魔女を殺せと命じました。
何百人もの騎士達が、王様とお妃様、そして可愛い王子様とお姫様の為に魔女の城へ向かいました。

しかし、王様の酷い扱いへ怒り狂った魔女は、騎士達を全て殺しました。
それでも怒りの収まらない魔女は、王様と二人の子供、そして国民達にも呪いを掛けたのです。

美しい王様は、傲慢で礼儀知らずになり、"魔女"しか愛せなくなりました。
国民達は、そんな王様を心から嫌うようになりました。
そして二人の子供は、王様が最も嫌う魔法使いにされてしまいました。

それから、王様は国民達を見捨て、小さな王子様をお妃様と一緒に国から追放してしまいました。
しかしそんな王様も、"魔女"にされたお姫様だけは愛していました。

神様に愛されたお姫様は、日が経つごとにとても美しく成長しました。
呪いのお陰で妃の称号を得た美しい腐海の森の魔女は、そんなお姫様を快く思いませんでした。
美しさを愛する魔女は、自分だけがそうでありたいと願っていたのです。

「鏡よ、鏡、鏡さん。この国で一番美しいのはだあれ?」

ある日、魔女は手に入れたばかりの魔法の鏡へ問いを投げかけました。
勿論、鏡が"腐海の森の魔女"だと告げると思っていたのです。

「腐海の森の魔女様、質問にお答えしましょう」
「鏡さん、早く早く、あたしとお言いなさい」
「いいえ魔女様、この国で一番美しいのはお姫様」
「何だって?」
「この国で一番美しいのは、貴女の子供のお姫様です」

魔女は鏡が壊れているのかと思い、何度も何度も問いかけました。
しかし、鏡は"魔女"ではなく、その子供の"お姫様"としか言いませんでした。

怒った魔女は、王様に内緒で忠実な猟人に命令しました。

「姫を森の奥で殺し、証拠として肺と肝臓を持って来て見せなさい」

猟人は頷き、まだ子供のお姫様を遊ぶのだと連れて、森の奥深くまで入って行きました。
しかし、猟人は心優しき先代のお妃様に似て、美しく優しきお姫様を殺すことが出来ませんでした。
そして、お姫様を逃がし、代わりに猪の肺と肝臓を持ち帰りました。

猟人から猪の肺と肝臓を受け取った魔女は、とても喜びました。

「あの姫が死んだのならば、この国で一番美しいのはあたししかいない」

魔女は肺と肝臓を暖炉で燃やし、すぐさま自室へ駆け込んで魔法の鏡に問いました。

「腐海の森の魔女様、質問にお答えしましょう」
「鏡さん、早く早く、今度こそあたしとお言いなさい」
「いいえ魔女様、この国で一番美しいのはお姫様」
「何だって?姫はついさっき、死んだんだよ」
「いいえ、死んでいません魔女様。この国で一番美しいのは、お姫様です」

それを聞いた魔女は、嘘を吐いた猟人を怒って殺してしまいました。

その頃、猟人に逃がされたお姫様は、泣きながら森の奥へと歩いていました。
夜が近づいて来るにつれ、森は徐々に不気味な空気へ包まれていきます。
心細くなったお姫様は城へ帰りたくなりましたが、帰れば魔女に殺されてしまうのでそれもできません。

暫く歩き続けていると、お姫様の赤い瞳に小さな灯火が映りました。
お姫様が急いで光まで駆け寄ると、それは小さな小屋の明かりでした。

「すいません、誰かいらっしゃいませんか?」

お姫様が扉の向こうへ声を掛けても、返事は一向に返ってきませんでした。
失礼だと思いながらも、お姫様は家の中へと足を踏み入れました。
その家の家具はどれも普通より一回り小さく、子供であるお姫様にも丁度良いサイズのものばかりでした。
どれも七つずつあるそれをとても不思議に思いながら、疲れきっていたお姫様は小さなベッドで眠ってしまいました。

仕事を終え、七人の小人達が家に帰ってくると、小さなベッドの一つが不自然に膨らんでいました。
不思議に思った小人がベッドの中を覗き込めば、そこには美しい少女が安らかに眠っております。
小人が少女に声を掛ければ、少女はゆっくりとその目蓋を開きました。

雪のように白い肌、血のように赤い唇と頬と瞳、黒檀のように黒い髪。
小人達はその少女が、有名な美しい姫だと気付きました。

お姫様の話を聞いた小人達は、非道な魔女にとても怒り、可哀想なお姫様に悲しみの涙を浮かべました。
そうして、お姫様は温かい自分の居場所を得ることができたのです。

しかし、魔女は諦めていませんでした。
どうあっても"腐海の森の魔女"だと言わない鏡に痺れを切らし、自らがお姫様を殺めようと思ったのです。

その事を森の動物達から聞いた七人の小人は、仕事へ行く前、口々にお姫様へ忠告をしました。

「君の継母である恐ろしい魔女には気をつけたまえ」
「どんな人であろうと、僕たちがいないときに入れてはいけないよ」
「誰が来ても決して戸をあけないように」

お姫様はその忠告に頷き、小人達を仕事へ送り出しました。

お昼が過ぎた頃、静かな小屋に一つのノックが響きました。
お姫様は小人の忠告を頭の中で繰り返しながら、そのノックの音に言葉を返しました。

「どちらさまですか?」
「あたしは、醜い老婆さ。森で迷ってしまったんだ、此処を開けてくれないかい?」

扉の向こうから聞こえて来た声は、とてもしわがれた酷い声でした。

「ごめんなさい、おばあさん。此処をあけるわけにはいかないの」
「ああ、優しいお嬢さん。そんな事をいわないで、少し休ませてくれないかい?」
「いいえ、ごめんなさいおばあさん。それはどうしても出来ないの」

お姫様は胸がとても痛くなりました。
もしかしたらこの老婆は、本当に森で迷ってしまったのかもしれません。
けれど、お世話になっている小人達の忠告を裏切ることも、お姫様にはできませんでした。

それからお姫様が何度追い返そうとしても、老婆は帰ろうとはしませんでした。
居た堪れなくなったお姫様は、小さなパンと水だけを老婆に差し出すことにしました。

「おばあさん、おばあさん、このパンと水を差し上げるから、家の中に入っては駄目よ」
「ああ、心優しき美しいお嬢さん、ありがとう、助かったよ」

老婆は皺だらけの顔を片手で覆いながら、お姫様からパンと水を受け取りました。
そして、すこし汚れたバスケットの中に細い手を差し込むと、赤く熟れた林檎を差し出しました。

「優しいお嬢さん、お礼に林檎をさしあげます」
「いえ、それはおばあさんが食べてちょうだい、私は大丈夫だから」
「いやいや、受けたご恩をいつ返せるかわかりません、これはどうぞ受け取ってください」
「・・・・・ありがとう、おばあさん」

お姫様が林檎を一つ受け取ると、満足したように老婆は森へと姿を消しました。
魔女の使いではなかったことにほっとしながら、お姫様は貰ったばかりの林檎を一欠けら口に含みました。

その瞬間、お姫様はその場に倒れてしまいました。
先ほどの老婆は魔女が変身した姿で、差し出したのは毒林檎だったのです。

夜も更け、家に帰った小人達が見たものは、毒林檎を片手に持った美しいお姫様の死体でした。
それを見た小人達は、綺麗な細工の柩にお姫様を横たえ、幾夜も幾夜もその傍らで泣き続けました。
そして皆、嫉妬に狂った腐海の森の魔女を憎み、怒りました。

ある日、隣国の王子様は、治安の悪くなっている国へ足を運ぼうとし、森に迷い込んでしまいました。
何日か森を彷徨い続けていると、何処からか悲しい泣き声が聴こえてきました。
その方向に馬を進めると、泣いていたのは一つの柩を囲むようにしている七人の小人達でした。

王子様は聞きました。

「どうしてそんなに泣いているの?」

小人達は柩から目を逸らさずに言いました。

「美しく優しいお姫様が、悪い魔女に殺されてしまったんだ」

それを聞いた王子様は、馬から飛び降り、柩の中を覗き込みました。
その時初めて王子様の顔を見た小人達は、泣くのを止め、一斉に驚愕の表情を浮かべました。

「王子様、貴方はお姫様と同じ目をしていらっしゃる!」

今度は、それを聞いた王子様が驚きました。
目の前に横たわるお姫様は、小さい頃に生き別れた王子様の妹だったのです。

魔法使いとして隣国を繁栄させた王子様は、口付けの魔法でお姫様の毒を吸い取りました。
すっかり毒の抜けたお姫様は、ゆっくりと目蓋を開き、その赤い瞳に美しい王子様の姿を映し出しました。
それを見た小人達も大喜びで、王子様に泣きながら感謝を告げました。

それから、王子様とお姫様は、七人の小人を引き連れ隣国へ帰りました。
優秀な魔法使いと魔女である二人は、穏やかに愛し合い、兄妹である事を伏せ結婚式を挙げました。
勿論、その結婚式には隣国の王様と、そのお妃様として、腐海の森の魔女も呼ばれました。

魔女は驚きました。
自分が殺した筈の美しいお姫様が、隣国のお妃様として美しい王子の隣に佇んでいるのですから。

魔女は何も知らないという素振りで、王子様とお姫様にお祝いの言葉を送りました。
そんな魔女を微笑んで見詰める王子様とお姫様の美しく赤い瞳は、妖しげに輝いておりました。

王子様は魔女に頂いた言葉のお礼にと、七人の召使を呼び赤い靴を送りました。

「隣国の美しいお妃様、どうかこの靴を履いて、僕達に素晴らしい踊りを見せてください」

王子様の頼みを断ろうとしましたが、それは叶わず、魔女は七人の召使達に無理矢理その靴を履かされました。
その瞬間、魔女は甲高い悲鳴をあげました。
赤い靴はただ赤いだけではなく、赤く焼けた鉄の靴だったのです。

魔女はすぐにその靴を脱ぎ捨てようとしましたが、赤い靴は自分の意思があるかのようにホールへ踊り出しました。
魔法使いと魔女である二人の城で、魔女は魔法を使い抗うことができませんでした。
腐海の森の魔女でさえ押さえつけられる程、二人は優秀な魔法使いとなっていたからです。

王子様とお姫様を慕う国民に笑顔で囲まれながら、魔女は死に倒れるまで狂ったように踊り続けました。
そうして全てに終わりがもたらされた時、王子様とお姫様はようやく全てから解放され、幸せに暮らしたのでした。


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