入学した当初の方から、僕とジェームズ、シリウス、ピーターのルームメイト四人組は、結構仲が良かった。
彼等に秘密を打ち明けることが出来ないのは少し辛かったけれど、いつだって彼等のもたらしてくれる楽しい時間は、僕のそんな弱音さえ忘れさせてくれる。
特に仲が良いのは、シリウスとジェームズのコンビ。
一定の距離。過度な悪戯のストッパーになったり、二人を見守るこの場所こそ、僕の定位置だ。

あの秘め事を除きさえすれば、何も苦しいことはない。日々良好、円満に、笑って暮らしていけることこそ、幸福だと思った。

――最初の異変が起きたのは、一年生の半ばを過ぎた時。

ジェームズに、好きな女の子が出来た。
彼女の名前は、リリー・エヴァンス。同級生で、グリフィンドールのマドンナ的存在。

美しく、聡明で、正義感の強い赤毛の美少女は、名前の通り百合のようだ。そんな彼女は、残念ながら、僕達がいつしか掲げるようになった"悪戯仕掛人"を嫌っていた。

毎回、隙を見てはリリーに告白(という名前の気障な台詞)を繰り返すジェームズ。案の定、毎回バッサリと切られては、ベッコリと凹んでいた。
しかし、彼は素晴らしくタフで、ものの五分もあれば立ち直っている。

いつもジェームズの傍にいるシリウスは、彼がリリーに強烈なアタックをしている時だけ、傍にいない。
いわく、「あの女を好きだっつー、アイツの気持ちが理解できねぇ」だ、そうだ。
しかし、シリウスのそんな台詞には、僕も少し同意できる。グリフィンドールのマドンナ・リリーが嫌いなわけではなく、彼女の傍にいつもいるマリ・アイカワの方が、気の強い彼女よりも僕の好きなタイプだと思っただけ。もしも比較対象であるマリがいなければ、僕だってリリーに憧れていたと思う。憧れるだけで終わりそうだけど。

――更に異変が起きたのは、僕らが二年生の時。

最初に「おや?」と思ったのは、あれだけリリーを非難していたシリウスが、ジェームズに対して何も言わなくなった時だ。何となくそれをシリウスに聞いたら、


「どうでもよくなった」


とだけ、言われた。
短気で、俺様で、意外と根に持ちやすいシリウスが、そんなことを言うこと自体が意外だ。
リリーは相変わらず"悪戯仕掛人"への非難をやめないし、ジェームズに対する悪口を言う時、たまにシリウスの名前を出すことがあるにも関わらず。

暫く経っても解けなかったシリウスの意味深な言葉に、何となく、ほつれを感じた。
ほつれの根元は、我等がジェームズ・ポッター。
頭良し、顔良し、スポーツ万能で明るい性格の彼。自信家で大袈裟な所が、たまに疵。
そんな彼は、リリーに夢中だ。夢中の――はずだ。
しかし、彼女へと猛アタックしているジェームズは思い浮かぶのに、彼女がいない時、彼の口からリリーの話題が出たことは、全くと言っても過言ではないくらい存在しない。誰かから振られて燃え上がることはあるにせよ、発端になることはないのだ。

最初は、そんな性格なんだと思った。
僕だって彼等に言えないことを抱えているし、もしかしたら、ジェームズは自分の恋話をするのが好きじゃないんじゃないかって。

だけど――それは違うと、思い始めたんだ。
人に振られれば、大袈裟な程に愛を叫ぶジェームズ。普段から彼の動向を見ていた僕は、次第にその嘘臭さがまとわりつく言動へ気付いてしまった。
彼が好きなのは、きっと、リリーじゃない。別の誰かだ。

最初は、何故そんなことをするのか、全くわからなかった。確かに、リリーは僕らのことを嫌っているから傷付かないかもしれない。けれど、人として、褒められた行動ではないと思った。

――モヤモヤした気持ちを心の底にしまい込んだまま、三年生になった。

天が人に二物も三物も与えたようなジェームズとシリウスは、思春期の女の子から、かなりモテる。ジェームズの方がシリウスよりも告白率が低いのは、きっと彼が"リリーを好き"だからなのだろう。

――その時、ジェームズの意味不明だと思っていた行動の真意に気がついた。

片っ端から女の子と付き合うシリウスの元彼女達は、よくイジメに合っている。モテるシリウスだからこそ、他の女の子からの嫉妬の的になりやすかったんだと思う。
ジェームズは、それを見越して、あんな行動を取っていたのだ。
自分が好きな女の子を、危険に晒したくない。好きな女の子だからこそ、傷付く姿を見たくない。
彼の行動は軽薄なようでいて、本命の女の子には酷く誠実な、回りくどい一途さ故のものだった。

グリフィンドールの中心的な存在である、ジェームズ。彼の視線を釘付けにしているのであろう少女は、僕にとっても興味の対象になった。

彼の目から見るその女の子は、きっと何よりも輝いて見えるのだろう。純粋で、一途な愛というフィルターの掛かった彼の想い人を、僕は知りたかった。そして、見てみたかった。

――四年生。
色んなことが、変化した。

いつもジェームズの視線を辿っていた僕は、一つのことに気がついてしまった。
ふとした瞬間――それは、リリーに愛を語っている時だとか、魔法薬学で鍋を掻き回している時だとか、様々な場面での、たった一瞬。
彼の視線の先には、いつだって、マリ・アイカワがいた。

その一瞬、彼はとてつもなく穏やかな微笑みを浮かべる。まるで、そう、愛しい者を見るように。透き通るようなハシバミ色の瞳が、彼女を見つめる時だけ、やたらと煌めいていた。

彼からの愛を一身に受ける少女は、確かに愛らしい。
童顔だけど、整った顔立ち。闇夜のような、髪と瞳。物静かで、とても謙虚だけれど、笑うと春に咲く花のように、柔らかな、暖かい雰囲気がある。触れれば消えてしまいそうな程、儚い彼女は、ジェームズという蝶を虜にしてしまった。

彼のフィルターを通さなくとも、マリは魅力的な少女だ。何故、今まで気付かなかったのか、わからない程に。

マリを見る時だけ、僕の目にも魔法がかかったように、キラキラして見えた。
だけど、それだけでは物足りないと感じる自分もいる。

その理由には、すぐに気が付いた。気が付いて、僕は自分に失望した。

――僕が知りたかったのは、見てみたかったのは、ジェームズの想い人じゃない。
彼の目を通して見る、この世界だ。

星も、空も、花も、雲も、春も夏も秋も冬も、あの忌ま忌ましい月でさえも、きっとジェームズには、素晴らしく輝いて見えるのだろう。
彼に悩みがないわけでは、ないと思う。
それでも、愛する彼女が息を吸い、笑い、泣き、怒るこの世界を、ジェームズは愛しているんだ。

何の迷いもなければ、僕もこの世界を愛せたのだろうか。
迷いもなく、ただ純粋に、儚げなあの少女を愛することができたのならば――

なんて、結局、わからないけれど。

他人の目から見える世界に焦がれる僕は、なんて愚かで、なんて弱いのだろう――僕は、自分を嘲笑った。





ただ、羨ましかったんだ




11.01.31



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