「話したいことがあるんだ。僕は、決めたよ」


星を散りばめたような夜、僕は寮の部屋にシリウスとリーマスを呼び出した。本当はピーターも呼んだのだけれど、彼は先日やらかした悪戯で逃げている際、フィルチに捕まってしまった時の罰則で留守にしている。
日を改めることも考えたものの、決断したら即行動な僕は我慢しきれず、今日を選んだのだ。


「・・・珍しく真剣な顔してどうしたんだい、ジェームズ?」


リーマスのそれは、最もな疑問だと思う。普段から、どんな場面でも自分自身のスタンスを崩さなかったことは、僕自身が一番よくわかっている。
僕等の間がこんな雰囲気になったのは、きっとリーマスが"人狼"だということを打ち明けて――というか、問い詰めた時以来だろう。

腕を組み、眉をしかめて僕を見るシリウスは、なんとなく、僕が言い出すことを理解しているのだと思う。彼は、唯一僕の本心を知っている人物だから。


「僕の好きな人に関する話だよ、リーマス」


そう言うと、微笑みを浮かべていたリーマスから笑みが消え、真剣な表情に変わる。少し、意外な反応だ。


「・・・マリ・アイカワ?」


リーマスから返ってきた返事は、意外も意外過ぎた。
スッと、心臓が冷えた気がする。シリウスは驚いたのか、目を見開いてリーマスを見ていた。


「・・・まさか、気付いてるとは思ってなかったよ」

「確信はなかったけど・・・今の台詞で自信が持てたよ。なんとなく、わかってたんだ」


いつから? そう問い掛けた僕に、リーマスは考えるように頭を捻る。


「・・・リリーを好きじゃないんだろうなって思ったのは、二年生の頃かな。
あんなに本人に好きだと言う割に、君は僕等へ一切リリーの話をしなかったから。最初はそういう性格なんだと思ってたけど、君はそうではないらしいことに、気付いたから。相手まではわからなかったけど、ね」


リーマスの鋭い洞察力に、思わず僕は感心してしまった。


「・・・相手が、マリだとわかったのは?」

「去年、かな。たまに他所を向いてるジェームズの視線の先・・・いつもそこに、マリがいた」

「そっか・・・無意識というのは恐ろしいね」


茶化すように僕が言うと、リーマスの表情にはやっと笑顔が戻った。


「それならば、僕の意味不明な行動の理由も、バレてしまっていそうだ」

「意味不明、とは、思わないよ。確信したから言えるけど・・・本当に、君は、彼女を愛しているんだね」


この物言いだと、本当にバレてしまっているらしい。


「うん。僕は彼女を・・・マリを愛してる。君達の存在に負けず劣らず、大切だと思っているよ」


何故か、シリウスの肩がビクリと震えた。
リーマスはすっと目を細めると、真撃な視線で僕を見る。


「・・・今日呼び出したのは、それを伝える決意をした・・・という訳ではないだろう?何を決めたんだい?」

「はは、本当にリーマスは鋭いなぁ・・・」

「やっぱりね。まぁ、大体予想はつくけど」


そう笑うリーマスとは別に、シリウスは首を傾げる。僕の好きな人を暴露することが、今日の目的だと思っていたのだろう。


「僕の決意は・・・マリへの僕の気持ちを、公にすることだ」


納得するように頷くリーマスと、固まるシリウス。こうして僕が決意したのは、今朝のことだ。

"人狼"であるリーマスの為に、"アニメーガス"を完成させて、幾日か経った。今まで遠かった僕等の間に、何の障害も、溝もなくなったんだ。これで、本心が言える程に信頼出来ると、そう思った。
それに――リリーは、気付いていると思う。僕とマリが初めて肌を重ねた日、きっと、彼女は気付いた。傷付けただろう。いや、今もなお傷付いているかもしれない。
あの日以来、リリーは怯えたように僕を見る。時に、あの翡翠の瞳へ涙を滲ませて。

リーマスのこと、リリーのこと。そして、何よりもマリのことを考えていた。
リーマスには本心を打ち明けることができた。
リリーを隠れみのにするのは、多分もう限界だろう。

――きっと、マリも。

スリザリンだったら、なんて言い出した夜。あの日から、マリの様子がおかしかったと思う。
彼女の本心が、まるで霧がかかったように、どんどん見えなくなってきている気がしたんだ。

今まで、たまに合っていた視線も交差しなくなった。僕に抱かれる時、僅かに震えることが多くなった。

一昨日の夜、マリの部屋を訪れて、抱いて、その後彼女は言った。


「私にとって、ジェームズ以上に魅力的な人なんか、いないんだから」


そんな愛しい彼女の目が、今朝には赤くなっていた。僕が部屋へ帰ったあとに彼女が泣いたことは、容易く想像できる。

今までも、そうして泣いていたのかもしれない。泣かせていたのかもしれない。

――そう思うと、胸が軋む。

傷付けて、悲しみに陰る瞳に僕への感情を見付けて、嬉しい、だなんて、愚かなことを思っていた。
狂ってしまえば――そう思ったことすらある。

そんなことを考えていたのに、彼女の泣き顔が頭を過ぎると、言い知れない切なさに襲われた。

泣かせたく、ない。
涙よりも、花が綻ぶような笑顔が見たい。

そして、僕は決意した。
彼女の笑顔を見るために。


「・・・それで、ジェームズ。その決意にあたって、君が思い悩んでいることは、一体なんだい?」

「マリが・・・本当に僕との関係を望んでいるのか、知りたいんだ」

「・・・それは、お前が一番わかってんじゃねぇのか?」


苦笑することしかできない。
シリウスの言葉通りであれば、よかったと思う。

彼女が僕とのことで悩んでいるのは一目瞭然だ。だけど、起因は僕にあるにせよ、同じことを望み、悩んでいるのかはわからない。
リリーのことかもしれないし、他にも、彼女にだって色々とあるかもしれない。


「――・・・だから、確かめたいんだ。でも、僕が聞いたところで、本心を答えてくれないのは、よくわかってる」

「僕やシリウスが聞く?でも、あまりマリと仲が良いわけじゃないから、何て聞いていいのかわからないよ」

「そう、そこなんだよね。だから、僕が君達のふりをして、彼女に聞けたら一番なんだけど・・・あ、」

「「あ」」


そうだ、見落としていた。
シリウスやリーマスも気付いたらしく、口を開けて僕を見ている。


「ポリジュース薬・・・」


僕達は、魔法使いだ。
相手になりすますことは、簡単にできるじゃないか。


「・・・なら、僕になればいい」


僕からシリウスに、そして僕へ視線を戻して、リーマスが言った。


「シリウスもピーターもそんなことを彼女に軽々しく聞ける間柄じゃないし・・・何より、僕もマリも監督生だ。話し掛ける機会は、二人より多いよ」

「そうだね」

「もしかしたら、ジェームズよりも、ね?」

「・・・、・・・そうだ、ね」


悪戯なリーマスの笑顔に、僕の笑みが引き攣る。確かにその通りだけれど、あまり考えていたくはない。


「ならば、行動は早いうちに起こした方がいいんじゃないのかい?スラグホーン先生なら、明日は用事があるとかで、魔法薬学は自習の筈だよ」

「なら、明日材料をくすねてこよう」


そうして、僕は次の日からポリジュース薬を作りはじめた。結構な数の授業をサボったけれど、仕方がない。
数日後、リーマスの髪を貰って完成したポリジュース薬は、月光のような白銀色をしていた。(彼は嫌そうな顔でそれを見た)

彼女の真意が、知りたい。
きっと、いつもの僕なら、こうして足踏みもせず、もうとっくに行動へと移していただろう。

――愛おしくて堪らない、マリという少女の存在が、僕を弱虫にするようだ。






愛しているから、弱くなる




11.01.30



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