彼と深く関わるようになって、何度、"例えば"を繰り返したのだろうか。

"例えば" スリザリンなら
"例えば" 監督生なんかじゃなければ
"例えば" 普通の学校なら

"例えば" 彼が私を好きとは言わず、私も彼が好きではないのならば。

繰り返し、繰り返しても、それが現実にならないことなんて、よくわかってる。
本当は、ちらほらと見掛ける恋人同士みたいに、手を繋いで歩いたり、二人だけでこそこそ話してくすっと笑ってみたり、何の後ろ暗さもなく彼に「好き」と言ってみたり・・・なんて、甘い夢。
日本に居た頃、好きだったアーティストは寂しげに歌っていたっけ。


「甘い理想は、ただの理想」



「・・・マリ?」

「リーマス・・・」


振り向けば、私と同じ監督生の、リーマス・J・ルーピンが立っていた。
ここはグリフィンドールの談話室。彼がいてもおかしくはない。おかしいのは、今が真夜中をとうに過ぎてしまった時間で、一般生徒の就寝時間は過ぎてしまっているということ。

つまり、今の談話室には、私と彼しかいない。

男女、二人きりの談話室――遠い昔にも感じるような彼との記憶の、デジャヴュ。


「こんな時間にどうしたの、監督生さん?」

「お互い様でしょ。私は寝れなかったからだよ。リーマスは?」

「僕もだよ」


そう言うと、リーマスは私の隣に腰掛ける。
二人で並んだソファの前では、暖炉の中でまきがぱちぱち歌っていた。

実のところ、名前で呼び合うくらいではあるけれど、私は彼についてあまり知らない。シリウスのことも、ピーターのことも、あまり知らない。
二人きりの時に、あの人はあまり友達の話をしないのだ。
私たちの間にあるのは、心地好い静寂と、甘い時間と、淡い言葉。

――そして、
ひとさじの虚無感だけだ。


「・・・マリ、最近顔色よくないみたいだけど・・・大丈夫かい?」

「え、そうかな?寝不足なのかも」

「・・・、・・・悩み事?」

「悩み・・・。悩み、かなぁ。O.W.Lとか、将来のこととか。いーっぱいあるよ」

「・・・そ、か」


歯切れの悪いリーマスへ視線を向けると、彼は切なそうに苦笑していた。
なんでだろう。


「恋煩いかと思ってたよ」

「え・・・えー?ないない。私、モテないし」

「知らなかった?マリの隠れファンって、意外と多いんだよ?」

「まさかぁ。デマだよ、そんなの」

「知らぬのは本人だけ、か。うちの鹿もそうだし」

「鹿?」

「なんでもないよ」


今度は意味深な微笑みを見せるリーマス。
そんなリーマスから視線をそらす。この人、色んな顔で笑うな、なんて、暢気なことを考えてた。

それにしても、鹿ってなんだろう。飼ってるのかな?リーマスの家の鹿に好かれても、あまり嬉しくない気がする。


「・・・本当はね、」

「ん?」

「忠告に来たんだ」

「え・・・」

「でも、やめた」

「は?」


「眠れない」というのは嘘で、リーマスは私に何かを忠告しに来たらしい。
もしかして、「次の悪戯のターゲットは君だから気をつけてね」とかかな。だとしたら、とても怖い。


「あ、悪戯じゃないから」

「う、うん」


口に出していない筈の疑問に答えられて、私は思わずギクりとしてしまった。
リーマスは人の心が読めるのだろうか。それはそれで、もっと怖いんだけど。


「君に忠告できない代わりに、弱音でも、何でも聞いてあげるよ」

「よわ、ね・・・」


そう言われて、先程まで考えていたことを思い出す。

あちこちに跳ねた、黒くて柔らかい癖っ毛。
何でも見渡せるように、常日頃から磨かれた丸眼鏡。

その奥には、ギラギラと、見詰められたら骨まで溶けてしまいそうな――熱い、あつい、ハシバミ色。
悪戯を企てている時とも、真剣にクィディッチをしている時とも違う、剥き出しの牙のように、野性的な瞳。


「・・・私もさっき、嘘吐いた」

「嘘?」

「嘘っていうか誤魔化した、かな。本当はリーマスが正解。恋煩いだよ」

「・・・寝れない理由?」

「うん。しがない片思いだけどねー」

「え・・・」


体を伸ばしながら暴露すると、リーマスの言葉が途切れた。
口ごもってしまったリーマスを見ると、彼は目を開いたまま固まっている。まさに、豆鉄砲をくらった鳩みたいだ。


「・・・私が恋してるって、そんなに意外?」

「・・・い、いや、違うんだ。」


不貞腐れたように頬を膨らませてみせれば、身振り手振りつきですぐさま全力否定するリーマス。それがなんだかおかしくて、笑ってしまった。


「・・・ふふ、優しいね、リーマスは」

「へ?」

「シリウスとかリリーだったら、絶対否定する前に肯定するよ、全力で。だって、私自身意外なんだもん。恋とか愛とかよくわからなかったし・・・魔法の方が興味あったから、学校で恋愛するなんて思ってなかった」


余計に驚いた顔をするリーマスに、笑いが込み上げる。ただ、笑いと一緒に、余計な物まで込み上げてしまった。


「・・・そんな、さ・・・誰にでも優しくしたら、だめ、だよ。優しさって、悲しみの次くらいに・・・傷に沁みるんだから」


ぱちぱち、ぱちぱち、
歌うまきが滲んで見える。

何故だかとても恥ずかしくて、リーマスに見られるのが嫌で、ローブのフードで頭ごと隠した。

こうやって、この醜い悪あがきみたいな感情ごと、全て隠して、自分でさえわからないような場所に閉じ込められたらいいのに。
そう思っているのに、聞いてくれるとわかってしまった弱音というのは、私の意思をまるで無視して、次から次へと零れおちる。言葉に出来ない水滴と一緒に。


「・・・初恋は叶わないって言葉、誰が作ったんだろうね」

「・・・マリ」

「日本にいた時、大好きだったアーティストが歌ってたんだ」

「・・・うん」

「"飴より甘い理想は、ただの理想"・・・なんだって」

「うん」


ぽろぽろ落ちる雫が見えなくなったと思ったら、リーマスのローブに吸い取られてしまっていた――私ごと。
リーマスからは、優しい香りがする。

ふと、――何故だろう?


「・・・泣かないで、マリ」


リーマスの匂いが、


「もう・・・泣かせないから」


――彼の匂いと同じだと思ってしまった。

錯覚かもしれない。いや、この場合、錯臭?
でも、勘違いでもなんでもいい。今の私はきっと、こうして本当の彼――ジェームズに、本音をぶちまけたかった。
関係が壊れてしまうことがとても怖くて、それはきっと実現できない夢のようなことだけれど。

嗚呼、やっぱり、ジェームズがいい。
慰めてくれているリーマスには悪いけれど、今だけは夢を見させて欲しい。歪んだ現実からの切実な逃避を、許して欲しい。
温かい体温。優しい、彼と同じ匂い。優しい言葉の意味は、計りかねたけれど。

――今日はきっと、いい夢を見るだろう。
彼と手を繋いで、こそこそと他愛のないことを囁き合って、二人でくすりと笑って、最後には「好きだよ」って、キスをするの。


「・・・うん」


返事をしたと同時に、安心しきってしまった私の意識は、ゆっくりと優しい夜に沈んでいった。

だからその後、リーマスから彼へと姿を変えたその人が、私に向かって呟いた言葉を、私は知らない。






(現実はね)(チョコより甘いんだよ、マリ)




11.01.15
song "dead tree"
by Dir en grey



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