ホグワーツ魔法魔術学校。

非魔法族(マグル)出身である私がこの学校への入学を許され、グリフィンドールという寮に振り分けられたことについて、私はとても誇りを感じていた。
"勇猛果敢"であるグリフィンドール。
その名前に恥じぬよう、いようと思った。

元々好きだった勉強も、寮の得点を上げる為に、そして自分のプライドの為に、頑張った。しかし、自分で言うのもなんだけれど、"努力家"である私は、"天才"には叶わなかった。

あろうことか、この学年には天才が二人もいる。
グリフィンドールの、ジェームズ・ポッター。そして、シリウス・ブラック。
一年の頃から主席と次席を独走し続ける、彼ら。

――いつだって、そのことで悩んでいた。
最年少シーカーの座に見事ついたポッターには勿論、その数年後、名チェイサーの座を勝ち取ったブラック。
成績でも、スポーツでも、敵わない。

しかし、校則をまるで無視した悪戯をして寮の点数を大幅に減らし、それでも鼻高々でいる"悪戯仕掛け人"とやらが、私は許せなかった。
それが私に勝っているなど認めたくなくて、強い憤りを感じていた。

そんな私を癒してくれたのは、ルームメイトであるマリ・アイカワ。
黒髪の美しい、儚げな雰囲気を持つ少女。彼女はいつも、私の欲しい言葉をくれる。まるで、甘い蜜のように。
マリと私は、自然と仲が良くなった。

――それからだ。
私の周囲に変化が起き始めたのは。

原因は、ジェームズ・ポッター。私が嫌いな人間。
何がどうしたのか知らないけれど、彼はことあるごとに私に対して愛を囁く。(囁く、なんて、レベルじゃないけど)

そんな日常にも慣れ、四年生になった時。

あれだけ誇らしく思っていたグリフィンドールは、私に沢山の物を与えてくれた筈なのに。
私から沢山の物を奪って行った。

思い返せば、それは入学した時から始まっていたようにも思う。

幼なじみであったセブルス・スネイプを失った。
グリフィンドールとスリザリンは、まさに犬猿の仲。しかたがないと、思わなければやっていられなかった。

勉強に関しても、スポーツに関しても、悪戯仕掛け人の内の二人に奪われた。
"努力する天才"に、"努力する凡人"は追いつけない。

それだけでも十分悔しいのだけれど、本題はここから。

毎日、顔を合わせるたびに私へ愛を囁いて(叫んで?)くるポッター。
最初は毛嫌いしていた私だけれど、よくよくと彼の行動を見ている内に、気がついたら惹かれていた。

自分を掘り下げてまで、親友を庇う彼。
ふざけているようで、いくら沈んでいようとも、周りを笑わせてくれる彼。
クィディッチでの、真剣な表情。

ファンクラブがあるとは聞いたことはあったけれど、この歳になってようやく理解した。
顔とか(確かに美形だけど)、そういうことではない。彼の――底知れぬ魅力と、カリスマ性。

しかし、彼を見ている・・・見てしまった女だからこそ、その想いが本気だからこそ、わかってしまった。

彼が本当に愛を囁きたいのは、私ではない。
偽りの愛の言葉に少量の本音が混じっていた時、彼が視線を向ける相手は、私ではなかった。

いつも私の後ろに隠れるように存在する――マリ。
艶やかな長い黒髪に、陶器のような白い肌。僅かに甘い花のような香り、淡いピンクの唇と、幼い顔立ち。
――儚げな、触れれば壊れそうな美しさを持つ、彼女。

決して目立つ存在ではなかったが、彼女は本当に素敵な女性だ。
それは、長年付き合っていた私が一番、よく知っている。
彼女の国の言葉で言うのならば、まさに"ヤマトナデシコ"。

謙虚で、清楚で、物静かな――理想的な日本の女性。
彼が――ポッターが愛を囁きたいのは、彼女なのだ。

そのことに気がついてしまった瞬間、私の心は悲鳴をあげた。

毎日、毎日、気付かないふりをして、やり過ごした。
どうしてポッターがこんなことをするのか、理解ができない。
いつも傍若無人で、自分に自信とプライドを持って、胸を張って歩く彼が、どうしてそんな嘘を吐いているのか――さっぱりわからなかった。

もやもやした気持ちを抱えたまま、五年生になった。

相変わらず、ポッターは私に向かって気障な台詞を言ってくる。
相変わらず、悪戯仕掛け人の行動も活発だ。
相変わらず、親友はとても大人しくて可愛らしい――けれど、今まで同室だった彼女は監督生になり、一人だけ部屋を離れてしまった。

大好きで、とても大切な親友。
もう夜通しで語り合ったり、朝起きて一番最初に「おはよう」と言えないことが、寂しい。
だけど、同時にほっとしてもいた。

大切な親友に――ポッターの気持ちへ全く気付いていないだろうマリに、無駄な嫉妬をすることが減ると思うと、安堵した。

そんな私の考えが間違っていたと気付いたのは、五年生になって約二カ月を過ぎた頃。


「おはよう、マリ」

「あ、おはよう、リリー」


いつものように、談話室で私を待ってくれている少女、マリ。
声を掛ければ、愛らしい笑顔で迎えてくれる。この無垢な笑顔が好きで、儚げな印象を持つ彼女が大好きで。

でも、なんだか、その日は違った。


「・・・・・・・・・」

「・・・どうしたの、リリー?」


いつもと違う、マリ。
その笑顔は相変わらず無垢なのに、何処か陰りが差しているように見える。
首を傾げる仕草。甘い、花のような香り。流れる黒髪。
目の前にいるのは、いつもと変わらぬ愛すべき私の親友――その、筈。

しかし、何かが違う。
――何かが・・・そう、どこか、艶めいているのだ。
仕草も、香りも、淡いピンクの唇も、見知っている物の筈なのに、違う。


「・・・?・・・リリー?何か今日、変だよ?」

「あ・・・ええ、何でもないわ」


朝食へ行こうと彼女の横に立てば、その香りはより一層濃くなった。
そして、気付いた。違和感の正体に。

マリは気付いていないのだろう。きっと、私以外他の誰も気づいていない。
誰かが談話室の窓を開けた瞬間、風に大きくなびいた黒髪の下。普通にしていれば、長い髪で隠れてしまう、首の後ろ。
まるで「彼女は自分のものだ」と言わんばかりの、赤い、紅い小さな花。彼女の白い肌に、それはとても目立った。

――彼女は、"少女"から"女"になってしまっていたのだ。
ここ最近は落ち着いていたもやもやが、破裂しそうなくらい大きくなるのを感じた。

相手は誰だろう。
ポッターは、このことを知っているのかしら。
知ってしまえばきっと、絶望に満ちた目をするに違いない。ポーカーフェイスの彼の真意が見て取れるのは、あの瞳だけ。
そう思った瞬間、


「やぁ!おはようリリー!」

「・・・ポッター」

「嫌だなぁ、ジェームズって呼んでくれって毎回言っているだろう!?それにしても、今日も相変わらず美しいね!朝日がいつも以上に君を輝かせるから、僕には君の背中に白い翼が見えるよ!マイ・スィート・エンジェル・リリー!」


男子寮から、ポッターが下りてきた。
毎回、バリエーションを変えては言われる、鳥肌が立ちそうなくらい気障な台詞。
以前は嫌悪していたそれにさえ、僅かながら喜びを感じてしまう私。
だけど、問題はマリだ。彼女はポッターが現れると同時に、いつものように私へ身を隠してしまっている。
彼女にとって、このポッターのキャラクターは強烈らしい。


「・・・、・・・やぁ!おはよう、"マリ"!」

「!」

「!・・・、・・・おは、よう、ポッター」


私から彼女を覗き込むように見た、ポッター。
その挨拶も、いつも通り。――いつも通りだけど、いつもと違うのは、彼がいつの間にか彼女をファーストネームで呼んでいること。
ポッターはいつも、彼女を"アイカワ"と呼んでいた。
彼女も驚いたのか、ぎこちなくポッターに微笑んで、談話室の窓の方へこっそり逃げてしまった。
その間も、ポッターは私に向かって愛の言葉を紡いでいる。

私が彼女に視線をやると、いつの間にか寮から下りて来たらしい、マリと同じ監督生のリーマス・ルーピンと話をしていた。
柔らかな笑顔。少し、青白い頬に朱が差している。もしかして、彼女を"女"にしたのは、ルーピンなのだろうか。
優しい彼女と、穏やかなルーピンなら、お似合いだと思う。
そんな私の視線に気づいたのか、ポッターの視線も、二人に向かった。(相変わらず口は動いているけれど)

まだ閉められていない窓。

風が、吹く。
靡いた、黒髪。
見える――赤い花。

ポッターの台詞が、止まった。

思わず彼を見ると、相変わらず二人――いや、マリを見ている。
最初は、無表情。次に出たのは――今まで見たこともない、表情だった。

口元はいつものように・・・いや、いつもよりも少し、穏やかに微笑んでいる。
さっきは私に"輝いている"とか言ったくせに、細められたハシバミ色の瞳は、本当に眩しいものを見ているようだ。

もしかして、


「ぽ、ポッター」


彼女を変えたのは、


「ん?」


貴方なの?

訝しげな表情でもしていたのだろうか。
不安と、疑心と、色々な感情がごちゃまぜになった自分の表情が、わからない。
自分でもわからないのに、聡い彼には気付かれた。


「っふ、」


ポッターはいやに優しく微笑みながら、人差し指を口元に当てた。
声には出さずに口元だけで言う――"まだ内緒"。
そして、彼は再び、ルーピンと話しているマリに視線を投げた。

――確信、だった。

彼女を見る瞳、表情、全てが全て――"男"のもの。
少女が女に変わった時、少年も男に変わっていたんだ。

彼女を変えたのは、彼。

この様子だと、きっと彼はもうすぐ動くのだろう。私への行動は、何かしらの布石。
彼は今度こそ、堂々と歩いていく。偽りの愛から、真実の愛に向かって。

気がつけば、手を伸ばしても届かない場所へ行ってしまった親友。
気がついたころには、遅かった――咲かずに散った、恋。

偽りでもよかった。嘘だって、構わなかった。
親友を傷つけて、彼にとって足枷のような存在でもいいと、すら。

彼の愛が、欲しかった。

当たって砕けろとはよく言うけれど、当たって砕けて砂のように消えてしまえれば、こんなに悩むこともない。
――そんな言い訳が先立ってしまう。どうしたって私を見てくれない瞳を、強引にでも、一瞬でも、自分に向けさせる勇気がでない。

何が、勇敢なグリフィンドール、だ。
親友も、彼も、今の地位もなくしたくない我が侭な私は、結局――弱虫なんだ。





何も失いたくない癖に、全てが欲しいと願ってしまった




2010.12.31



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