「・・・・・ムズ」

「・・・ジェームズ?」


目を開く。事の名残を残した彼女の、薄く赤らんだ頬と潤んだ瞳が僕を映している。


「・・・おはよう、マリ」

「まだ夜だよジェームズ。"おはよう"には、まだ早い」


言われて、周囲の暗さに気付いた。
ここは、彼女の部屋。女子寮にある彼女の一人部屋だけれど、男子の侵入を防ぐための滑り台階段も、僕に掛かれば可愛いものだ。


「そうだね」


クスクスと笑う彼女。その笑顔にはほの暗い感情の陰りがあるような気がした。
――そんな笑顔にしてしまったのは、僕。勿論、自覚はある。
公にはリリー・エヴァンスを好きだと言いながら、彼女を抱きに毎夜部屋へ訪れる僕。
きっと、不安なのだろう。

東洋人特有の謙虚さを持つ彼女は、この関係が後ろめたいに違いない。
「愛してる」と何度言ったところで、彼女には理解できないようだ。
そんなの、当たり前。だって、周囲の認識は、"リリーが大好きなジェームズ"なのだから。

でも、その寂しげな笑顔が僕に対する感情であることを示しているようで、どこか嬉しく思ってしまうのも確かで。

結局、僕は、僕の真意が伝わらなくとも、彼女の中で強い存在感としていられることが嬉しいんだ。

僕がリリーに偽の愛情をささやくたび、悲しげに歪む彼女の笑顔が、嬉しくて堪らない。


「・・・愛してる、マリ」

「知ってるよ」


優しげに、慈しむように、僕の頬を撫でる白魚のような手。こういった瞬間は、酷く幸福感に溢れている。


「・・・マリ、は?」

「え?」

「僕のこと、愛してる?」


意地悪な質問?
――そんなこと、わかってるさ。それでも、彼女の口からそれが聞きたい。


「・・・好きだよ」

「足りない」

「・・・好き。ジェームズが、好き。愛してる。気が狂いそうなくらい」


柔らかな、慈愛の篭った黒耀石。それでも恥じらいを隠しきれないのか、薄く色付いた頬。
僕と同じようにベッドでまどろむ彼女が、本当に狂ってしまえばいいと、思った。

――そうすれば、彼女の全てが僕になるのだから。

彼女を監督生にしてくれたダンブルドアに、感謝しなくてはならない。
彼女が一人部屋にならなかったら、きっと僕は、卒業まで偽りの愛を叫び続け、本当に愛している者にはこの気持ちの欠片も気付かれずに終わってしまっていたんだろう。
だからこそ――だからこそ、きっと、校長は彼女を監督生に任命したのだと思う。"悪戯仕掛け人"として善悪ともに名高い僕等。一応リーダーのような立場になっている僕のストッパーとして。(勿論、彼女の素行や成績についても、何も問題なんてないのだけどね)

――彼女の笑顔を陰らせているのは、嫉妬というよりも、戸惑いと不安。"付き合いたい"と口にしない僕等の関係は曖昧で、言葉の約束すらないから。
「勇気を出せ」 と、敬愛なるダンブルドア校長に言われた気がした。


「・・・マリ」

「・・・ん?」


暗闇に映し出された白い肌。今日も、月は明るいらしい。


「・・・マリを、僕は誰にも渡したくないんだよ」


君の為なら、僕は"酷い男"になってもいい。君の為なら、僕は何だって望むことをしてあげる。五年生になった今。忍びの地図に、透明マント。君を守るだけの術は、身につけた。

恐れていたことは、もう何もないんだ。だって、僕が災厄から彼女を守ればいいのだから。


「僕のそばに、ずっと居て欲しいんだ」

「・・・ふふ、変なジェームズ。私はいつだって、あなたの傍にいるじゃない」


違う。違うよ、マリ。

物理的にも精神的にも、君が僕のものであることを、公言したいんだよ。

リリーが泣くかもしれない。
真実を知れば、お人よしなリーマスや、純粋なピーターにも、罵られるかもしれない。


「私にとって、ジェームズ以上に魅力的な人なんか、いないんだから」


君のことは、僕が守ろう。それだけの術は、もうこの手の中にある。

――それでも、

真実を知り、君に失望されることが酷く怖い僕は、ピーターよりも弱虫で、臆病なのかもしれない。






君の友人を利用して君を守りつづけた汚い僕の気持ちを、君は受け入れてくれますか?




2010.12.17
title by 透徹



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