「僕の決意は・・・マリへの僕の気持ちを、公にすることだ」


あいつがそう言った時、俺は心臓がイカれるかと思った。
こんな日がいつか来るという事は、最初にあいつの気持ちを知ってから、わかっていたことだ。
あいつは――ジェームズのことは、ホグワーツの中でも俺が一番理解していると思う。自意識過剰なわけじゃない。一番長く傍にいて、一番多くジェームズを見てきたのは、俺だからだ。
だからこそ、ジェームズが何もかも中途半端なままの恋愛を終え、そのまま笑って卒業することはないだろうと、わかっていた。
わかっていたけど、理解したくなかった。そうなればいいのにと思ってしまう自分が、心の奥底で泣いていたからだ。

女になんて、まともに興味を抱いたことはない。
俺だって一応青春真っ盛りの男だし、性欲とかは勿論ある。だけど、それのはけ口程度にしか、正直、思ったことはなかった。
女よりも家のこと。仲たがいした弟のこと。毎日のように計画を練っている悪戯。そんなことの方が、よっぽど俺の脳みそを占めている。
それは、今でもあまり変わらない。女、というのは、どうでもいい。だけど、マリは、違った。

マリを知ったのは、ジェームズに恋心・・・というか、エヴァンスを利用していることを暴露された時だ。
悪戯という行為が万人に理解されるわけじゃないというのは、悪戯をしている本人の俺達が一番よく知っている。
スリザリンの連中にとっては、余程理解できないだろう。俺を軽蔑の眼差しで見下す、弟のレギュラスがいい例だ。

だから、そのスリザリン連中と同じような目で俺達を見て、顔を合わせれば挨拶のように文句を言ってくるあの女――エヴァンスに、ジェームズが恋をしたという事実が全くもって理解できなかった。
最初は、エヴァンスをからかっているのだと思っていた。それに、その内飽きるだろうと。
だけど、一週間経っても、一ヶ月が経っても、エヴァンスに対するジェームズの行動は変わらない。
遂に、俺は聞いてみた。聞くというより、責めるような言い方になってしまったけれど。


「あんな高飛車のどこがいいんだ!?」

「高飛車って・・・リリーのことかい?」

「それ以外に誰がいるんだよ!俺はお前があんな女のどこが好きなのか、さっぱりわかんねぇよ!!」

「あんな女だなんて・・・酷いなぁ、親友。彼女は素晴らしい女の子だよ。成績優秀、美人だし、正義感が強い・・・まさにグリフィンドールのマドンナじゃないか。まぁ、僕もさっぱりわからないけどね」

「・・・・・・は?」

「君になら言えるよ。僕が本当に好きなのは、彼女じゃない。いつも彼女の傍にいる・・・」


「マリ・アイカワなんだ」


その時、俺は必死に思い出そうと頭の中を捜索したけれど、マリの顔は全く出てこなかった。
いつもエヴァンスと一緒にいる奴だということはわかるけれど、エヴァンスの顔を見たくなかった俺は、いつも彼女の後ろへ隠れるように存在しているマリを、よく見たことがなかったからだ。

おかしいよな。
今となっては、わざわざ思い出そうとしなくても、マリの笑顔が瞼の裏に浮かんでは、消えて行く。
そんな現象が日常茶飯事で、そのたびに俺は泣きそうになるというのに。

ジェームズが本気で好きだというから、度々彼女を視界に入れるようになった。
笑っていたり、真剣に勉強していたり、何か思いふけるようにぼうっとしていたり。
決して、目立つわけではない。成績も中の上。
俺の周りに寄ってくるような女みたいに、すげー美人だったりするわけでもない。

だけど、マリはそこが良かった。きっと、あの親友も、マリのそういうところに惹かれたんだと思う。

例えば、エヴァンスが名前の通り百合だとするならば、マリはカスミソウ。
清い心、切なる喜び、無邪気、親切。小さくて可憐なマリに、花言葉さえピッタリだ。
俺に媚を売ってくるような女達と、本当に同じ女という生物なのか、真剣に考えたこともある。馬鹿馬鹿しいかもしれないけど、俺にとってマリは、何だか別の生き物だった。

リーマスやピーターがいない時、俺達はよくマリの話をした。
彼女の話をするジェームズは、本当に幸せそうで、見たこともないくらい優しい顔をする。
あいつが幸せそうなことは、俺も嬉しい。だけど、嬉しいと思う反面、無性に苛々することが多くなった。

何故、苛々するのか、さっぱりわからない。
ジェームズに当たるのだけは、絶対に嫌だった。他の誰も知らない秘密だからこそ、唯一知っている俺に話しているわけだし、何より、その表情をぶち壊してしまいそうで、嫌だった。

だから、寄ってくる女に手を出すようになった。
性欲というものを、苛立った気持ちのはけ口にした。
寮、家柄、顔、性格、何もかもがバラバラ。共通点なんて何もないのに、名前も覚えていない女を抱いているとき、瞼に浮かぶのは何故かマリの笑顔だった。

四年生がもうすぐ終わるという頃。真夜中に、小さな物音で目が覚めた。
リーマスは毎月恒例の病気でいない筈だし、ピーターの小さないびきも聞こえてくる。
寝ぼけている目を擦りながら、静かにカーテンを開いた先では、星でも見ているのか――窓辺に立っているジェームズの後ろ姿があった。


「・・・寝てないのか?」

「おや、起こしてしまったかい?悪いね」

「いや、別にいい」


ベッドから抜け出し、ジェームズに近寄る。
最初は暗くて見えなかったけれど、ジェームズは、この世のすべての幸福を詰め込んだと言うような表情で、笑っていた。


「・・・何か、あったのか?」

「何で?」

「気持ち悪ぃくらいニヤけてるぞ、お前」

「気持ち悪いとは失礼だな」


そう言いながらも、ジェームズの笑顔は崩れない。
首を傾げる俺に、ジェームズは星空から視線を俺に向けた。


「マリと、キスをしたんだ」


耳を、疑った。眠気でぼんやりとしていた思考も、冷水を浴びさせられたように冷えて行く。


「夢にまで見たことが、現実になった。今日は、幸せすぎて眠れそうにもないよ」


心臓が五月蠅い。
故障したんじゃないかと思う程、バクバクバクバク、全力で走った時よりも、痛い。


「・・・よかった、な」


そう口にするだけで、精一杯だった。


「ありがとう、親友」


微笑むジェームズをそのままに、俺は自分のベッドに戻る。
布団に入って、見上げた天井が、滲んでいた。
生温かい水分が、頬を伝って耳に入る。その感覚が酷く煩わしくて、パジャマの袖で強く拭った。

こんな時に、気付くだなんて。

俺はいつの間にか、ジェームズと同じ気持ちでマリを見ていた。
ジェームズからマリの話を聞くたびに苛々したのも、どれだけ女を抱いてもマリの顔を思い出してしまうことも、何故、だなんて、答えは簡単だった。

恋愛なんか全くわからなかった俺は、もうずっと前から、マリに恋をしていたんだ。

壊れるかと、思った。
手に入らないと解った瞬間、自覚するだなんて。本当に、俺はバカだ。
自分が馬鹿すぎて、情けない。情けないのと、苦しいのと、辛いのと、悲しいので、複雑に絡んだ感情は、俺の体も絡んでしまったらしい。

――あの日から、俺は一歩も動けていない。

マリとジェームズの距離が、五年生になってどんどん近付いていった。
表面上では何もかわらないけれど、水面下では確実に、何もかもが変わっている。
ジェームズは彼女を愛しているし、マリもきっと、ジェームズと同じ気持ちなのだろう。

ジェームズが真夜中に部屋を抜け出すたび、俺はあの日と同じ感情に囚われる。

それでも、俺はジェームズを応援していた。
あいつは唯一無二の親友で、俺の理解者で、家族よりも大切な存在。マリもまた、俺にとって大切な存在だ。
二人が幸せになれるのなら――そう思っていた。いや、思っている。

リーマスと俺に全てを話し、ポリジュース薬を作ることに決めたジェームズは、透明マントを被って禁書の棚に出かけた。
二人きりになった室内。リーマスは、まだ座っている。


「・・・部屋にもどんなくていいのかよ、監督生」

「今にも壊れそうな親友を放っておけるほど、僕は鬼畜になれなくてね」

「は?何だよ、それ」


俺がそう言うと、リーマスは苦笑した。


「禁書の棚には沢山本があるから、ジェームズは朝まで帰って来ないと思うよ」

「・・・だろうな」

「だから、君は思う存分泣けばいい。パッドフット」

「な、に・・・言って・・・」

「好きなんだろう?マリのことが」


固まる俺に、リーマスが「ああ」と言葉を続ける。


「安心して。ジェームズは気付いていないと思うよ。僕だって、たまたま気付いたんだ」


気がついたら、リーマスがぼやけていた。

幸せになって欲しい。それは、本心だ。
だけど、いつか、あの黒い純粋な瞳が、俺だけに微笑んでくれたらいいのにと、心の底で望んでいた。

親友の幸せを願う気持ちも、中途半端。
彼女を想い慕う気持ちも、きっとジェームズには敵わない。

はなから諦めているのに、こんなにも辛くて愛しい感情は、風化するどころか日に日に大きくなって行く。

それでも、この想いを口に出す日は、一生来ないだろう。
情けなくて、ださくて、弱い俺を嘲笑うように、一粒の涙がシーツに落ちた。





どうしたら、この気持ちを消すことができる?




2011.02.05



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